始まりの園 夜遊ぶ雛たちの宴 Ⅳ
少年の師匠は、椅子で、ふんぞりかえって、ニタニタ笑っていた。
(あいつ、やっぱりフィジカルエリートか。魔法なし、剣を振るわずとも、存分に化け物。正騎士に手を届かせたのは伊達じゃあ無ぇわな)
靄の映す光景。
くわん、くらん。ぶらり。
外された手首から先。ご丁寧に、折ることなく、緑色でぶつぶつごわごわの、水びれのついた手首から先の関節は早業で外されていた。
その後ろに立ち、呆然とする魔法使い。
少年は笑う。
「人型なんて単体で呼ぶからそうなる。せめて数呼べば欠片くらいは勝ちの望みは残ったのではないかと。いいや、無い、か」
トドメと言わんばかりに、少年は、それの首を縊り千切った。
どんどんと容赦なくなってゆく。
気配が完全に消失しないから。つまり、死んでないから。
(死なぬ実戦の場として整えられた領域で違いないのだろう。だが、それでは、慣れぬものだが。教える側は、判っていないのだろうな。騎士とは違うのだろう。魔法使いは何でもありで、だからこそ、何でも温い。基本的には)
気絶していないその魔法使い。
つまり、割と手強い方といえる。
「【瓶の記憶、象れ、水よ。満たせ、水よ】」
恐ろしく高い練度。声なき声で唱えらえてその魔法は恐ろしく疾く、少年は逃げの一歩も、妨げるための一歩もなく、それに、その魔法使いと共に包まれれる。
(ほぅ)
しかし――数十分後。
大量に浮かぶ、緑色でぶつぶつごわごわの、水びれのついた手首の、大量の亜人が、動かなくなって、水を漂っている。
まだまだ余裕そうな少年。しかし、その顔は困惑を浮かべている。
少年の目の前。
白目をむいて、たった今、気を失った魔法使い。
パチンッ、ザバァアアンンンンンン――ザァァァ――
散って、流れていった水。
召喚していたものであったらしく、緑のぶつぶつな亜人たちも、水の塊も、消えた。
額に手を当て、はぁ、と溜息をつく少年。その口元は、歪つに、釣り上がっていた。
そんな光景を靄に映し、見る師匠たる男は思う。
(騎士として上澄みだったから、だけじゃあ説明がつかねぇ。魔法への対応力。一見、フィジカルでのごり押しで破っているだけに見えて、こいつは、正体や実態を捉え、見据え、見せられた魔法について、考えてやがる。しっかり、ぶれず、ずれず、間違えのない対処を大体している)
魔法について、魔法使い以上に、考え続けている。
(経験を重ねている。だからだ。使い方も。対処法も。思いつくんだ。想像力がある。質と量に裏打ちされた。自分ならどうやって使うか。好きなんだろうな、本当に。だからだ。こいつが何だかんだどんどん楽しそうになっていってるのは。望んでやまなかった、機会ってやつだろうな。ふふ、はは。そうさ。お前は今からずっと、魔法を楽しめるんだ。浴びるように味わえるし、その喜びを隠す必要もない。それに、お前が使ってもいいんだ。使えるんだからな、魔法を。見るのばっかりだったから、今のそうやって、見てばっかりなのか? テコ入れ、要るか、やっぱり?)
弟子である少年と同じように、師匠たる男も実に愉しそうに企んでいた。
(俺が見たいのは、剥き出しのお前だ。利口なのに、それを台無しにしてしまうだけの夢見野郎。身体は強く、頭も回り、根性もある。センスもある。ただ、魔力はほぼない。魔法使い以外でなら、将来は約束されているだろうってのによ。くくっ。未だ底が見えねぇ)
ぞくぞくっ。
(ああ、もうダメだ。誤魔化しきれねぇ。ぐははははは。分析もどきなんかじゃあなくて、
「やっぱ、出るかぁ。俺も。くく。ふはははははは!」
(やりあいてぇぇええええええ! 俺もやるぜぇええええ!))
疼く風穴に手を当てながら。
靄から景色を消し、師匠たる男は立ち上がる。
そして、椅子を掴み――それは太ましい、棍棒のような杖に変貌していた。
それが杖といえるのは、その先に、研磨もクソもない、掘り出されたそのままのような、柘榴石の原石のような、赤くくすんだ塊が癒合するようにくっついているから。




