始まりの園 夜遊ぶ雛たちの宴 Ⅲ
横へ、重心を倒しながら、低く、跳ねる小石のように、少年は、砂嵐から、難なく、出て、見据える。
(足元からの潜行。魔力の気配も魔法の起こりもちゃんと隠しての、一撃。……甘い。勿体無い。それで、そんな雑な一撃ではそれまでが水の泡)
濃くなる砂嵐。轟音といえるような音を出し始めるが、
(頭を使うのならば、ちゃんと、最後までそうするべきだ)
跳び、砂嵐に交差し、
「姿を見せてどうする」
そう、冷たく言いながら、切り捨てた。
先ほどの、女の魔法使いの骨を砕いたときに気づいたからだ。損傷による因果が、あまりに軽すぎる、と。
あの砕いた一撃。膝による一撃。あれでも、まだ、攻めっ気ある者の数はそう減っていない。死にはしないが、後遺症が残るくらいおかしくない損傷の筈だった。
だが、そうではないのだと、周囲の者たちの気配の変わらなさから分かる。
重体が重体ではないのか。
後遺症は存在しないのか。
重症は軽症とでも言うのか。
回復の魔法。恐らく、それだけではない。
死なない? そこまではいかなくとも、極端に死ににくくなる?
特異な場として成立しているのならば?
駆ける。
昇る。壁を蹴って。
手をかける。屋根へ。
低く構えながら、跳ねるように、目につく悉くを、斬り、跳び、斬り、跳び、斬り、跳び、蹴り、落とし、跳ね、避け、刺し、捻り潰し、跳び、跳ね、蹴り砕き、中央へと迫るように向かう。
城壁が、消えている。
芝生。広場。無駄に広い。庭園の一角のような整った場が見える。
(後は隠れている者たちだけだろう。なら、迎え撃つが確実。それこそ私の得手なのだから)
芝生に仕掛けられていた、魔法陣を一刀両断し、剣を仕舞い、仁王立ちし、
「師匠! どうなれば終わる? 私がやられるまで続けるなんて馬鹿な答えはやめてくれよ」
声をはって、届いていると信じて疑わわない様子の少年。
むず痒そうに、右の頬に向けて、後ろから迫っていた、針を、その横っ腹を弾くように、払いながら、衝撃を伝え、砕き、粉々にしていた。
「先輩方。この体たらくは何なのだ? ひよっ子一人、捻れないのか、貴方たちは?」
そう。いい加減面倒になってきていた。
「ふぅ、ふぁぁぁぁ。眠いのですよ。そろそろ眠る時間だと、私の中の時計が刻を告げている」
「水よ、格子となれ!」
「雷、連狐せよ、覆いの内を喰らい尽くせ!」
釣れた。二人。
圧縮された水が、線を描き、一辺十数メートルの檻を為し、崩れるように縮まっていきながらその密度を元の水のものに戻しつつ、圧倒的な体積となって、少年を呑み込もうとするのに加え、雷が迸り、イタチのような、生き物染みた形を成して、狭まる空間を走り抜けながら、こちらへと、交差してくる。接触しないように、少年は避けるが、それは追尾するように、不自然に曲がり、また迫ってくる。
(遣り手のようだ。優秀さが垣間見える、魔法使いの魔法。珍しいことに、コンビネーション)
芝を、掴む。
抜く。
掴む、抜く。掴む、抜く。ぎぃゆぅぅう、と掌で圧縮する。
軽く、しかし、しっかりと肩を入れて投げる。
びぃゆうう、バアンンンンン!
跳ねる雷の一本に当たり、それは、炸裂音と共に、弾け飛ぶ。勢いも死んでおらず、まだバラバラにもなっていないそれは、水を弾き飛ばしながら飛んでいきながら、やがて、崩れる。
掴む。抜く。使う。ぎぃゆううう! ポイッ。
さっと投げたそれは、一投目の影響で、水の量が少なくなり、散っている。
二撃目のそれは、更に水を吸って、やがてバラバラに湿って散ったが、外側の闇が薄く見えるくらい、その部分の水量は減っていた。
(量は、ごまかせない。見掛けの嘘は、ま、知ってる奴には効かないものだ)
少年はその方向へとダッシュ。飛び込むように、弾丸のように丸くなって、前転しながら、水の檻が崩れて拡散してできた水の壁を抜けた。
「えええっ!」
「ぼさっとす…―」
驚く女と、動揺しつつも動こうとする男。どっちを狙うべきかは明白だ。
掴み、引き込み、地面へと、
ドサァアアアンンンンンン!
叩きつけた。
「ひぃぃ……」
女が萎縮するが、容赦はしない。
裏拳打ち。
顎を、擦り、打ち砕くように。
ゴビキィイイイイ!
他愛ない。
(何人か落ちたか。この程度目にしただけで気絶するようなヤワさで、どうして、凶器を振るうのだ? 慣れているのだと思っていたが、そういう訳でもない。分からん……)
目も慣れてきた。唯でもきく夜目が、更に、力を発揮し始める。
(気づきもしなかったが……)
腕や足に張り付いた、皮膚表面から筋肉の動きを阻害するようにくっついたほぼ透明になっている帯やら、糸やら、小指についていて、今のとこ引っ張られていないが確かにある鎖などを、千切り、その辺に捨て、踏み砕く。
(思えば、最初の方のあの光の魔法も、ちゃんと考えあってのものだったのか?)
能動的にこっちに突っ込んでくる類は、もういないらしいから、じっくり休憩するかのようなくらい、少年はぬるい状態になったと思っているが、それは少年がおかしいからだ。




