始まりの園 夜遊ぶ雛たちの宴 Ⅱ
こういうとき、真っ先に突っ込んでくるのは、大概、ただの愚か者である。
周囲の夜に溶け込むような、黒いローブの、小さな者たち。
足音すら消すことなく、大胆に突っ込んできている。
その数は、一、二、三、四、五、六、七!
彼らはどうしてか、魔法の行使ではなく、
「かかれぇえええええ!」
「かこめばいける!」
「せんて、ひっしょー!」
「やああああっ!」
「ぶっとばしてやるぅううう!」
「ボーナスボーナス!」
「魔力、ひくそう。ふふふ」
少年を、囲い、距離を一気につめるように、迫ってくる。
愚かも愚か。
(……。それでは、ぶつかるではないか。私が避けずとも、その人数でその密度では、隣同士で、私に到達する前にぶつかるぞ? それにこいつら、魔法を使っているそぶりがない)
少年にはきっちり見えている。
肉体派であり、目がよく、夜目も当然きく少年は、呆れつつ、地面を蹴り、跳んだ。
軽々と、並の大人の身長以上の高さを越え、跳躍する少年。魔法を使っている訳ではない。
どごぉおんんんん!
ぶつかり、転び、吹っ飛び、泣き声。
下から聞こえるそれらを少年は気にすることなく、次の相手たちに対処していた。
(跳躍。それは無防備なものだ。なら――)
飛んでくるのは、人間の頭の大きさくらいの、光の玉…―
(う……。これは悪趣味だ)
詠唱は聞こえなかった。それほど遠くからだったのか、魔法を心の声で唱える程度の技量を持った相手だったのか。
髪の毛が無い、様々な大人の男の形をした光の玉が、全方位から飛んでくる。様々な顔をしている。喜怒哀楽。しかも、そのパターンは、綺麗な笑顔から、汚い笑顔、血管浮き出た憤怒や、眠っているように安らかだったりと、ふと気を取られそうになるが、
(当たったら痛そうだ)
それを、頂きものの剣を抜いて、斬る――ではなくて、腹で弾き飛ばす。
ゴォン、ゴォン、ゴォ、ゴォ、ボボボボボボボボボボ――
乱れ打つように、弾き飛ばし続けながら、身体を捻らせながら、跳んだ時点から遠くへと、着地する。
息をおかず立ち上がり、走り出す。
最初に突っ込んできた子供たちは、まだ泣いていた。ちょっとそれに引っ張られつつ、
(私と恐らく同じくらいの年頃の子供たち。……、これは、仲良くやっていけるかは怪しいだろう。彼らが許してくれるかどうかなのだから。っ!)
ガキィンン!
前から、きた、湾曲した鎌の一撃をいなす。
(浮いている。鎌、だけだ。握る手は無い。魔法による操作、だろうか?)
魔力の気配はない。
(違う、か。なら、これで分かる、か)
少年が選んだのは――
バシッ!
ギィィゥウウゥウゥゥゥゥゥ!
強引な力押し。
「悪手だ。それでは、折角の隠形の意味が無い」
そのまま、懐へと引き入れるように引き寄せながら、膝を、入れる。
ゴキィイイイイイイイイイイ!
砕ける音。ローブ越しに、泡吹く、長い髪の女が吹き飛んでゆくのが見える。
「刃を向けた以上、容赦は無い」
しっかりと通る声で、怒鳴るでもなく、冷静に、冷たく、少年は言い放つ。
思ったよりも面倒かつ厄介なことになっているのだから。
(あの鎌の刃、本物だった。お遊びにしては、危険が過ぎる)
少年から少し、いや、だいぶ離れて。
男は、自室で、自身がたきつけた闘争を観戦していた。
椅子に座り、掌に、靄を浮かべ、光景を映し出しながら。
乱戦というには物足りない。
それでも、少年は隠れもしないし、少年が目の前の相手を倒しても、休む間なく、次が現れて、といった流れが続いていた。
これまで少年を攻めてきた者たちの7割が近距離。3割が遠距離。
近距離は姿を隠すかごかます類の魔法を予めかけて、突っ込むのが殆ど。だが、完全ではないが故に、目で捉えらえて追われ、あっさりおとされたり、上手く姿そのものは隠せていても、武器の扱いが粗雑で武器を振るうことで結局動きを読まれたり居場所を逆算されたりと散々。
魔法による遠距離攻撃を選んだものたちも、どれもこれもが、遠距離極大威力の魔法を使用しない上、放つ魔法も弾丸や玉系統ばかりで、誘導や追尾や設置といった工夫すら無く、ただ、飛ばしてくるばかり。
少年は、その元から体力的に無尽蔵といえるくらいに、鍛えあげられたフィジカルを頼りに、どんどんとそんなものたちを撃破していく。
「ふふ。だが、そろそろ、様子見してたまともな奴らが動くぞ? さぁて、どうする」
少年の足元。
石畳の地面が――砂のように粉になって、砂嵐でも巻き起こるかのように吹っ飛んだ。




