始まりの園 夜遊ぶ雛たちの宴 Ⅰ
そこは大きな広場であって――魔法使いの服を着た、学生たちが賑やかに行き交っていた。
歓声が、ほどほどに聞こえる。
ピィィィゥゥゥゥゥゥ――バァン、パァンン!
光が打ち上がり、青や赤色など、色鮮やかに彩色され、音と共に空を照らす。
もう、人の形をした光の塊なんてものはどこにもおらず、人が打ち上がって、ましてや空で炸裂していくなんてこともない。
そして、こちらに顔を向けるが、別に驚きもしないし、わざとらしく声もかけてこず、なことに気づく。
まるで最初からここに自分はいたかのように。
つまり、そう。現れたのは、彼等でなくて、私なのだ。
ここはもう現実だ。先ほどまでと変わらずに、夜。祭りの準備と、私からそれを隠すが為の幻影の魔法の類でも掛けられていた? もっと高度なものだったような気がする。そう考えたなら、先ほどまでのも現実だ。別の場所に飛ばされ、この場所の長と称する魔法使いによる演出と時間稼ぎで歓迎されていた?
ぶんぶん、首を振る。
だいぶ、ねじれている。だいぶぐちゃぐちゃな思考。まとまっているようでまとまっていない。考え込む必要なぞ無いのだ。悪意なんてなく、わざとらしさもない。
歓迎されている。他の魔法使いたちから、形の上だけでも。
行き交う、ローブを深く被るも、誰も彼もが、身長や体格が違って、ローブの裾からのぞく手の色や、ローブ自体の色などもバラバラ。
しかし、奇妙だ。
彼等は、こちらに反応するが、やけに人懐っこく寄ってきたりはしない。形式上の、しかし、歓迎の意が漏れ出してきそうな様子もなく、しかし、無視しているという感じでもない。通行人の一人としてしか、見ていない風な。
そういう伝統なのか? 新たに来たものを歓迎する風習がこの場所には根付いているというのならば。なら、こういう形の歓迎もありそうではある。他の魔法学校とは違って、個々に都度入学を迎える、という、師匠の言が真実なら。
声をかける、べき、か?
だが、私に次の矢となる言葉はない。きっと、会話にはならない。
少年は色々と考えながら、人混みの中心地から離れてゆく。
土地勘はまだない。
記憶力は悪くない方だと自負してはいるが、最初通ってきた光景と、今が本当に同じ地形かどうかは怪しい。とはいえ、似てはいる。全く別にするとは考えにくい。
加えて、どこもかしこも、似たような家屋ばかりだ。目印なんて元より無い。
師匠のあの家がはっきりどこかは分からない。けれども、こんな中心にはない、というのは多分変わってはいない。
いや……。惑わせて、どうしようもなくさせて、私に、他の生徒たちと、交流させようとする魂胆、か? 向こうから声をかけてくるのが一人もいない。それどころか、他とは違ってローブのフードを被っていない私を見ないのは――
トントン。
「っ?」
急に肩を叩かれてびっくりする。気配は確かになかった筈だったから。少年には早熟かつ極めて高い武術の才が、騎士としての才に内包されて、有る訳で。気配を読み違えるなんてことは、まずない。相手が魔法使いであっても。
騎士にとって、そもそも、気配に対する感度は生命線だ。
「俺だよ」
「あぁ、師匠……」
どうしてか分からないし、得意なものの一つについての自信も失せるものである。
「どうした、そんなしけたツラして」
「人混みは疲れるんですよ」
それは尤もであるが、少年が口にすべき答えとはずれている。少年もそのこと自体は分かっている。だから余計に答えに皮肉にも実感が籠る。
「それはお前が、混ざって楽しもうとしないからさ」
「そんなことできると思います……?」
「できるに決まってんだろう。お前はまだまだガキなんだからよ。人間嫌いになるのはまだ早ぇと思うがな」
「……」
「お前、俺についてきたじゃねえか。お前が筋金入りの人間嫌いだったんなら、お前は今ここにいねぇよ」
「……。どうしてもなりたかったんですよ。魔法使いに。ただ、それだけです……」
「どうして、そうやってめんどくさく考えちまうんだろうな。しんどくねぇか、それ?」
そうやって、知ったような口を利かれるのは、誰からであっても、私は嫌だ。
「私が今ここにいられるのは、考えることをやめなかったからですよ。それに、考えない私なんて、それはもはや私ではないですから。ただの、何もできない、弱くて無価値なものに成り果てるだけですから」
「はぁぁ~~。仕方ねぇ奴だなぁ、ったく」
男は、敢えて、言わなかった。
少年が、未来への道を切り拓けたのは、考え続けたからや、粘り強さが理由ではないということを。
(言うようなことじゃあ無ぇな。こういうのは、自分で気づかなきゃ、意味が無ぇ。だが、そうなると、こいつ何やってんだろうな? お前の夢って、本当に魔法使いにならないと叶えられないものなのか? 後先考えず、ただ、周りを救うがために、雷を受けるなんて馬鹿やったお前のそれって、ある意味、魔法使いよりもずっと――)
そうやって、少年に背を向けて、歩き出しながら、男は、悪い顔をして笑った。
(ついてだ。救われた恩くらい、返しておくか。利子がつかないうちに、なぁ)
後ろ向きに、後ろへと、低く跳ね、そのまま、少年の手を掴み、
「【力ある白き輝きの靄の触手】」
声なき声で唱え、少年を全方位から包むように発生させた白い靄を固め、実体あり、白く蛍光する白い触手に変え、宙へと掲げながら、
「【波声】」
声なき声で増幅させ、叫んだ。
「お祭り気分な学生たちに朗報だぜぇ。こいつが新入生だ。推薦入学のなぁ。俺はそんなこいつをお前たちに馴染ませたい。手始めに、だから、こういうのをやろう。夜明けまでにら逃げ回るこいつ捕まえられたら、推薦者たるこの俺のオリジナル魔法1つ教えてやる! 一人で捕まえたら強力なヤツを。頭数が増えれば増えるほどちっぽけになる、がぁ、この通りぃぃっ!」
胴も手足も触手にがっちり囚われ、宙高く掲げられていた少年は、もう、手持ちの、何の変哲も無い、鉄の色そのままのロング・ソードを抜いて、音もなく、魔法の触手をバラバラにしていた。
「こいつは手強いぜ。ひよっ子魔法使いじゃあなくて、騎士とでも思ってあたるこった。てぇ訳で、面白いもん見せてくれよ、お前らぁああああああ!」
と、言い終えた男は、自身の足元に紫色の渦を発生させ、姿を消した。




