騎士叙勲辞退 Ⅲ
どよめきが起こった。そして、空気が凍ったかのように、急速に冷え込んだのは、揶揄ではない。
魔法使いたちの中の誰かの手によるもの。
咄嗟に、王子から距離を取るように、離れた。すると、こちらに向かって、また別の魔法使いによるものだろうか? 水が弾丸のような塊や、刃のように圧縮されて、飛んでくる。
剣でそれらを弾くと、それらは、弾け飛んだ。
この剣、そういう、特殊効果、があるらしい。恐らく、魔法に込められた魔力を散らし、崩した? そして、今更ながら気づいたが、恐ろしく軽い。両手武器や槍には及ばないが、ロングソードというそれなりの長物。だというのに、ナイフ並に、軽く、振るう際に抵抗感を感じない。
派手さは無い。だが、扱いやすい。そして、恐らく、力量に大きく左右される性能といえる。作ってくれた方に、謝れる日は来るのだろうか……。そんな風に申し訳なく思わずにはいられない位に。
そんな僅かな間にも、状況は、流れるように動いている。
貴族たちは遠巻きになって、騎士たちが、魔法使いたちの前へ出てきて、距離を詰めて。破り、突破するしかない。
王子は避難完了しているようで、いない。師匠は――いない。
ゾクッ……!
「っ!」
咄嗟に地面に伏せた。剣は、ひとりでに左手の掌から離れて、左手甲前腕部に癒合していた。そうして、伏せた私の頭の、ほんの僅か数センチ、いや、数ミリ上を、超重量の塊が通過していくのを見た。
「し、……師匠……」
感じた。今のは、殺してしまってもいい、という一撃だったから。想定できたことだ。それも容易に。自分が所詮、餓鬼であることを自覚する。
何から何まで、甘い。周りが、見えていない。後先を考えられていない。自分は殺されてもおかしくないことをした。いいや、している。今も続いている。
ザザァアアアアア!
芝生と石畳の粉砕による砂埃が収まり、巨躯な鎧の二足の獣の姿を露わに…―、六……つ……、足……? 魔法使いたちも、他の騎士たちも、退いていた。
「騎士『牛鬼の本気だ、駄目だ、もっと退けぇ』
「あの、闘気……魔獣と見紛うぞ……」
師匠が見せた、師匠が為の騎士鎧の真の姿。私に今の今まで見せたことが無かった、全力を出す際の姿。
両手が前足、両足が後ろ足、そして、鎧自体が担当する、両側足。両側足の先端の尖りとそこに至るまでの湾曲具合に名残があった。師匠が結構本気目に私の相手をするときに使う獲物である、槍戦斧。
他が退いた理由は明らかだ。巻き込まれるから。そして、留まれば居座るだけですら命懸けになるから。連携すら、できはしない、強力かつ、凶悪かつ、広域を、殆ど無差別に巻き込むであろう戦闘スタイルをとるだろうことは、先ほどの一撃に加え、他の者たちの反応を併せて、確定といっていいだろう。
ごくり。
音が鳴るくらい、唾が勢いよく溜まった。
段違いの闘気。それは、砂漠の蜃気楼を生む歪みのように、師匠の姿を歪ませ、より恐ろしく見せる。
色も臭いも音もないが、確かに存在する、実体のある、圧。本物だけが放てる、一種の資格のようなものだと、師匠は昔教えてくれた。
「問答をする。その間だけ……お前を、許す……。まず。お前はどうして、こんなことを、した」
その異形の白亜の全身鎧を纏ったまま。師匠のそれは、私のとは違って、目の辺りにちゃんと覗き孔が線のように縦に幾重に走っているのに、目は、伺えない。
それでも、師匠は口にした言葉を違わない。だから、会話ができる。これが最後かも知れない。だから、師匠を倒せる可能性が最も高いと概算していた、電撃的な先手を取り続けての短期決戦を、ここで放棄した。
「口にした通りです。嘘、偽りなく。妥協じゃあ、駄目なんです。私はそれにずっと、蓋をしてきました。終生、そうしておくべきだったのでしょう。ですが、どうしても――できませんでした……。どうしてか。どうしてなのか……。でも、できないっていうことだけは、絶対で、運命なんだって、ここにきて、気づいてしまったのです……」
言い淀みなんて、絶対しないつもりだった。なのに。なのに……。
「らしく、無いな。お前は確かに決めていた。だというのに、変にひっくり返した。それだけはしないと思っていた。言うなら、もっと前に、お前はこの選択をしていて、こんな大事にもならなかった。今でも信じられないよ。お前らしくないにも程がある結末だ」
「そう……ですね……。私自身も……そう思っています……。ですが、これが当然で、これが運命で、必然で、絶対だ、と私は一切の混ざり気無しに、言えてしまいます。言えて……しまうんです……」
「俺が、悪かったのだろう。最初から、間違えていた。問答は終わりだ。俺は後始末をつける。お前を最低でも、再起不能にしようと思う。その技術を二度と十全に振るえないように。最悪、殺してしまうだろう。だから……足掻け、よ……。そうなったと……しても、墓は……作って、やるし……、墓参りも……しで……やる……」
ヘルムで隠れていても分かる。師匠は、泣いていた。私がやったのだ。
それでも――師匠に私を殺させるなんて絶望、絶対に形にする訳には、いかないから。そっちの方が、ずっとずっと、辛いから。死んでも死にきれないから……。私は、死にもの狂いで、師匠を再起不能にする覚悟をした。
「刻限たる13の齢を迎えるか、魔法使いの卵になれるまでは、終わる訳にはいなかいので、倒させて、頂きます……!」
「大馬鹿野郎がぁああああああ、てめえもぉおおお、泣いでんじゃああ、ねぇぇぇかああああああ、ライトォオオオオオオオオ!」