始まりの園 中心 不夜の夢想の城 Ⅲ
ヒロイン登場回。
(話の終わりに少しだけ)
継ぎ目も穴もない、解放部の全くない、完全に閉じられた純白の全身鎧を喚び纏い、自身の左手の握った部分と癒合した、何の変哲も、意匠も無い、武具と同色のロング・ソード。
「知った風な…―いや、覗かれ、たんですね。悪趣味な魔法なものです。私は別に、自分が可愛そうだなんて思っていません。当然の帰結ですし、こうやって、生きているだけ、同程度の境遇からスタートした者たちよりは幸運、でしょう。どれくらい幸運かというと、ズルと思えてしまうくらいに。だが、それは、生まれながらに当たり前で、これ以外を知らない。ズルく恵まれて生きて居る私ではありますが、それでも、他者を、羨ましく思えて思えて仕方が無かったことなんて、数え始めることすら、おぞましい。数えきれないと最初から分かっているのですから。当人が不幸かどうかなんて、他人には決して分からないのですよ。他人は私では決してないのですから。そう。誰も分かってなんてくれない」
「生憎、此処には君を価値なき者と言う者はいない。尤も、下界にだって、実のところは居やしないだろうね。正騎士。その称号の重みは、君なんんかが考えているよりもずっと重い。今までも。これからも。ずっと。ずっとだよ」
「……」
「それにさ、それだけじゃあ済まないんだ。よりによって、君が持つそれらを産んだのは…―、っ、と。気になるなら、君自身の手で調べるべきだ。兎も角、君程の者が自身を否定してしまっては、君の捨てたあの才に懸けた者たちがあまりに、救われない」
「…………」
少年は口を紡ぐ。いつものように、ごとごとと煮えくる腹の底のそれを抑えつける。慣れている。いつものことだ。いつもの。場が変わっても、世界が変わっても、逃れられはしないのだ。
「せめてそこで怒りに振り切れて、愚かさを剥き出しにしてくれるようだったなら、今頃彼らも納得できていたんだろうさ。自分たちに見る目が無かったんだって、ね。ふふ。やる、かい? わたしを打ち倒せたなら、君に何でも一つ、奇蹟をあげよう。真なる魔法使い。その頂たる一角。【試練の魔女】たるこのわたしが、その名に誓い、君に機会を今ここに」
「………………。こ……。ギギギッ。断る! 私にとって、奇蹟は、奇蹟だけは、授かるものであってはならない! 自分を救えるのは、絶対に自分だけだ!」
「きっと、君は、言葉では信じられないのだろうね」
「偽りを並べ立てないで頂きたい。貴方は、ああ言ったそのとき、確かに本気だった。汗が、一瞬で冷たさに変わるくらい。強者の気配。向けらえた、本物たる威。仮にも、騎士として頂に迫っていた私が、読み間違うことなどありはしない。」
「だから、まずは、遭ってみるといいよ。そうすればきっと、偏屈で、堅物で、だけどやっぱり子供でしかない君でも分かるだろうさ。入学おめでとう、強がりさん。ふふっ」
魔法使いは消える。城は消える。そこは大きな広場であって――魔法使いの服を着た、学生たちが賑やかに行き交っていた。
身構えた私に、
「ああそうだ。騎士とは違って、魔法使いって人種は、ある一線を越えると、ぼっちの気質がとたんに強くなる。せいぜいつるんでも3人程度が限度なのさ。だから、安心するといいよ」
そんなついでな余計なおせっかいが、姿なく声だけ、聞こえてきたのだった。私にしか聞こえていない。周りの魔法使いたちは誰一人、こちらを見ていないのだから。
それはそれで――複雑だ。
少年が、魔法使いたちの喧噪へと、とけてゆく遠望。
夜の街。上空の城。その頂の、ベランダから、眺めている。
紫のローブがたなびく。そう。あの魔女である。
彼女は、すっと、中へ引っ込んでゆく。
中は、白い光で満たされた部屋だった。
その強い光が、彼女を照らす。そのローブの色は、恐ろしく美しく、濃い、蒼だった。夜の世界の弱光のせいで、紫っぽく少年には見えていただけだったのだ。
「見ていたかい? ――」
「は……い……。ラピス……せん……せ……い……」
儚げで途切れ途切れで舌足らずな、弱々しい少女のような声が、途端に滲み、ノイズに塗れた。
彼女が話しかけている方向には、黒い濃い、靄のような塊があるだけだ。それは、強力で強力過ぎて、どうしようもないくらいな、可視できてしまうほど強い、実体を持ってしまった呪い。途切れ途切れな小さな、情報が欠け過ぎてノイズだらけな声は、その身から滲み出たその靄の影響を受けて、歪んでいるかのよう。
それでも聞こえてはいる。声として。雑音の塊のようにしか思えなくてもおかしくないのに、聞こえるのだ。声として。
それは呪いであって、声の主の意図するところではない。だが、だからこそ。どうしようもなく分からない得体の知れないものを、制御できず振るっているようにも見える訳で。
そういうものを、世間一般的に、化け物、と人は呼ぶ。
「――。彼こそが、恐らく、君にとっての最後の希望になるだろう。君を救うに足る可能性が微かでもあるのは今のところ彼だけだ。恐らくもう、現れまい。だから、君の時を、わたしは再び動かし始めた。君が彼と接点を持つ機会を与えてあげよう。本来、有り得なかった奇蹟だよ。約束通り。後は、彼次第、いや、君次第、かな? っと」
闇が膨れ上がる。
城ごと、虚空へ、闇共々《やみともども》、姿を消した。
ほぼチラ見せ程度でしたが、ヒロインは厄いです。
主人公が不穏で見えない地雷盛り盛りだとしたら、
こちらは見えている地雷が盛り盛りです。
始まりの園 中心 不夜の夢想の城 FIN
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