始まりの園 中心 不夜の夢想の城 Ⅱ
痛、かった。
目を開けると、城の中になぜか、いた。
意識が途切れていたわけではないのに。
倒れた筈なのに、立って、いる。背の、衝撃を広く受けた痛みは変わらない。
魔法、か? 透過の魔法。壁か、私を対象に掛けられた? いや、そもそも、本当に壁なんてあったのか。
魔法、なのだ。そう。魔法。だからこそ、なんでもありなのだ。更に、空間そのもの、つまるところ、世界そのものが魔法かもしれない、この場所ならば、なんでもありを踏み越えて、もう、予想なんて意味がない。
だが、こうやって――犯人が目の前に、さも当たり前のように居るなんて、想像だにしなかった。
「ご機嫌よう」
幼くはない。だが、随分、若い。だが、十分に大人な、落ち着きと上品さのある、女の人の声だ。
紫のローブ。深く被られていて、顔は見えない。背は、私並みに、高い? 並の大人の男より大概背の高い私と、同じくらい? ともかく、大人であるのは間違いない。社会的にではなく、通例的にも大人といえる年齢でなくては、女性でこの背の高さは極めて可能性が低い。
此処まで来て、姿形を偽る意味なぞ、無い。それとも、未だ演出の途中、か?
今のうちだ。剣を仕舞え。そして、しっかり、紐で縛れ。鍔を鞘と固定し、抜けないようにしろ。
と。微かにだが、残滓が見える、ような気がする。だから、予感である。直観のような決めつけ。
この学園の教師なのだろう、と推測する。
「平の講師なんかじゃあないよ。わたしは此処の長なのだから」
身構え、直視した。想像だにしなかった。
女性の魔法使いはべつに珍しくはない。しかし、そこに、高位の、と付くと話は変わる。圧倒的に女性は少なくなる。そして、目の前のこの人物は、自分がこの場所に於ける頂だと言う。
「一言一言に随分反応するのだね。疲れないかい?」
「疲れる? これが? ……考えたこともなかった。しんどい、と思うことはある。辛い、と思ってそれでも考えつづけようとすることも、そうせざるを得なかったことも枚挙に暇がない。だが、それで、疲労を感じる? どう、なのだろう? ……。でも、こうしない自分を自身は知らない。だから、分からない、ですね。いつもこうなもので」
なぜそう馬鹿正直に答えたのだろう? 無駄な思考の流れまで垂れ流しながら、分からないことを、ただ、わからないと答えただったが、それが口から出たら存外にしっくりきた。
「じゃあ、此処でゆっくりと知っていけばいいさ。色々と。君は疑問を持つことはよくあっても、答えは得られなかったことが多かったのではないかと思うよ。子供らしい面構えではないからね。君のような生まれだとしても、それは結構珍しい」
この人は多分、微笑んでいるのだと思う。見えないローブの下で。
手を伸ばしてきている。こちらに。何を考えているかまるで分からない。見えない口元を想像し、よけいに不気味にその姿を補完してしまった。だから、退いた。
スタッ、ドンッ!
壁。
「ただ、撫でようと思っただけだよ? 子供は大人に頭を撫でられるものだ。君は、知っているだろうか? 大人としての始まりの齢が今のように不自然なくらい早期にずらされる前。始まりは、今の倍数えてもまだ足りない。三十に至ってからが、大人、とされていたそうだ。ほんの数百年前の話だよ。能天気でも頭でっかちでも関係なく、長いこと、どこでも誰でも、ずぅっと、そうだった。そう考えると、君たち世代は生まれながらに結構な不幸なのかもしれないね」
そう、顔をいまだに見せない、此処の長とかたる人は肩をわざとらしく落とす。
少年は歩み寄らない。警戒している。
(ただただ、怪しい。嘘偽りで、できているかのよう。カンが訴えかけてくる。目の前の存在の危険度を。最低でも師匠並。ほぼ間違いなく、それ以上。悪意はない。しかし無邪気だ。そして、強者だ)
(やっと、頭が落ち着いてきた。騎士装備を喚ぶことを、もう惑ってはいられないだろう)
「怖がりなんだね、君は。けれどその割には落ち着いている。脅威を感じて、警戒している? けど、相手は自分をどうにかしたりしたくとも、きっとそうはできないのだと高を括ってもいる。君はとっても、生き辛くも狡い生活をしてきたんだろうね」
少年はその言葉に苛立ちを感じた。それを少年は何か知っている。女性の使用人たちが自分に向けた視線と言葉。それらを想起させるそれを、少年は嫌悪する。
そして、それが何故かを知っている。目を背け続けていた。ここに至ってすら。
自分は、ズルを、している。