始まりの園 真領 常夜の騒域 Ⅱ
ヒィゥゥウウウウウウウ、バァァァァンン、パラパラパラパラッ。
(また、光の華!)
音と共に、上空へと飛翔してゆく、光の線。それは、太く大きくなって、大量の水滴が、空に円を描くように散ってゆく。
ワァァァァァァァーー!
歓声が遠くから響いてくる。そう。中央はではまだ遠い。
少年は、駆けている。上へと、中央へと向かって。思索しながら。
光の華。あれはきっと、光の魔法。規模は見掛けほど大きくはない。面としての魔法であって空間を充填する光で埋め尽くす訳では無いのだから。
色の仕組みは何だろうか? あの圧縮からの、綺麗な拡散。どれだけ綿密に練って、どれだけ精密に組み、放ったのだろう? それに、放たれた光は複数に分かれて、それもどれもこれも、形が違う。
魔法の特徴である、同一の現象の再現、繰り返しではない。一つ一つ、デザインされたものだ。
放ったのは、一人か? 多人数でずれずに合わせて放った、と考えるよりは一人が同時に放ったと考えるのが妥当だろう。音は、どれも、ずれて重なっていた。ずれているからこそ、連鎖して花開く光の華なのだ。
放つ予兆は感じられなかった。そもそも、こんな端にいては何もわかるまいとも思うが、魔法の起こりを感じられなかったというのは私の油断からきた不覚なのか、それとも、起こりを隠して、こちらの驚きを大きくするのが目的だったのか。
そもそも、術者が本当にあれを放ったかどうかも怪しい。いくら何でも、ここから見ても大きく見える。空に大輪の花。連発するにはかなり無理があるのではと思う。それに大概、魔法使いは協力や連携といったものを集団的に行うことが致命的に苦手だ。機械的に訓練し肉体に覚え込ませるとかならまだしも、こういったものは特に。
だから、実のところ扉を潜ったところから幻であった、というのが最もありえそうまである。魔法ではない物理的な爆発の類だという考えは最初に潰えている。臭いがしないからだ。
(つまらない……。こんな考えは)
と、何だか嫌になった。
駆け抜けながら、気を紛らわすよう、周囲を見渡す。
ここは古い街であるらしい。構造物の多くを構成する、よく見れば明茶色の石々。漠然と記憶していた、先ほどみた、こことは切り離されていつつも繋がっている、昼の街の光景と照らし合わせてみても、こっちの方が明らかに古い。
旋回を強いられるのが面倒になって、壁を蹴って、跳ねるように、道を無視して進み始める。
通りの家屋の石煉瓦の壁面に触れる。凸凹としていながらも、それらの角は丸まっており、滑らかで、経年を感じる。そして、ひんやりと冷たい。
ヒィゥゥゥゥゥゥゥィイイイイイイ、バンパンパンチリリリリリリ!
ワァァァァァァァ
また、空に光が放たれ、花開き、歓声が起こる。
音は、先ほどまでよりも、明らかに大きく、近い。
そして、また一つ、気づいた。
光の数やタイミングは、音からして明らかに違ったが、後の歓声はまるまる同じだった。そんなことは、現実ではあり得はしない。
足が、止まる。
首を捻る。
目を瞑り、思考は深く――
なら、一体、先にいるのは誰だろう? この光景の主は、誰なのだろう?
最低でも、誰か一人は、確かにいるのだ。この光の華だけは、明らかに――
ヒィゥゥウウウウウウウ、バァァァァンン、パラパラパラパラッ。
(光の、華! 目を瞑っているのに、色が、見え、る……! あぁ、これは、一種の、奇蹟だ)
トクン、トクン、ドクンっ、ドクンドクン、ドクンドクンドクンドクン――
鼓動は、強く早く、脈打ち始める。こんなの、心躍らない訳が無いではないか!
(会って、聞いてみたい。あの技術は、自分にも活かせるところが目に見えて余りある。いいや、そんなことより、何がどうなって、あんな素敵なものを思いついたのか)
足は、再び動き出す。
周りを見渡すまでもなく、もう、跳ね、よじ登るように、駆け抜けていく。
(教えて、くれるだろうか? ここは、学園。だから、自分だけ最初から分け隔てて冷遇されることは恐らくあるまい。確かに、私の魔法の始まりは特異ではあったと思う。しかし、それだけだ。才という点でいえば、魔法についての私のそれは、乏しいのだと思う。師匠はああ言ってくれたとはいえ、私のそれは、私がなりたいものに、頂きに比べたら、あまりにちっぽけ。けれども、この魔法は、誰かを幸せにできそうだから。夜に、光でできた花。咲き、咲き、咲き、散る。現実にはありえない。これはある種の絶対を打ち破るものだ。攻撃的ではなくて、防御的でもなくて、ただただ、美しく、魅せる、魔法。目を瞑っていても、だからきっと、目が見えない人にでも、届く奇蹟。せめて――きっかけくらいは手にできればいいが)
少年にとって、魔法を教えてもらう、というのはそういうものだ。
仄暗い過去が迸る。物心ついて母が失せた頃から始まり、元・師匠に引き取ってもらうまでの間の話。
他と比べて、時間は割いてもらえない。まともに相手してもらえない。ほんの走りの一言すら、与えてもらえないこともままある。それでも、少しでも、食らいついていく他ない。望み、欲して、手をのばさなくては、しがみつかなくては、歯牙にもかけてはもらえないのだ。
無関心で終わられるのではなく、大概、憤怒か、嫌悪で終わり、最低限にも満たないそれを満たさない。ただでさえ薄い才能。手間さえ注いで貰えなければ、開花は無い。魔法とは、得てしてそういうものだ。
そう――思っていた。
(あれは過去だ。通り過ぎた過去)
体術と武術、そして、体力をつけるために、元師匠の周りの騎士達にも教えを乞うたときの経験。
それだけやって、向こうからもようやく見向いてもらえて。
そこまでいって、そこまでになって、それでも私は――魔法への希望を捨てきれなかった。
……。もし、彼らとの繋がりを捨てずに、魔法と両立できていれば、ああはならなかったのではないか。
いいや……。そんなものは在り得ない。魔法の習熟と肉体の習熟、その二つは絶対なる相反の関係。
だが、私は……。
……っ。選んだ、だろうが……。
今度は、失敗できないだろう。帰る場所はない。もう、半端ではいられないのだ。
あの男は魔法における私の後ろ盾ではあるが、ずっとそうでいる義務はなく、代わりや、よりよい才を他から見出すことだってあるかも知れない。
私は――自ら不幸になっているのかもしれない。
それでも――これまでよりはずっといい。少なくとも、自分には、嘘をついていない。多分それは、物心ついて、初めてなのだと思う。
人生のスタートに立つことが本当にできたのだと、実感する。
大成できれば、そして、夢想を体現できたなら、私はきっと、胸を張って、元師匠にも、ちゃんと、頭を下げられるのかもしれない。
ビィィゥゥゥアウ、バァン、バァァン、バアアン、ラララララン、ヒィィウウウ、ババァァァァァンン!
ワァァァァァァァ
こうしてはいられない。待たせてはいけない。急がないと。
気づけば走全力疾走しながら、笑っていた。ずっと笑い声を上げて、希望に溢れて、不安なんて渦巻きぼやけ消えてゆくかのように、ごちゃごちゃ考えることもなくなって、ただ、夢中になって走る。
らしく。らしく。見掛け通りの子供らしく。赤子をもてる年という形だけの大人の意味も立場も、こんな日は、どれだけ生真面目で大人びていても、忘れていいのだ。そう。こんな日くらいは。
始まりの園 真領 常夜の騒域 FINISH
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