始まりの園 真領 常夜の騒域 Ⅰ
ガチャリ。
夜が、広がっていた。
星が、煌めいていた。
カラフルな光が踊るように輝いていた。
太陽の光は無い。しかし、遠く遠くからの数多の星が煌めく光が届き、周囲に、ところどころ靄のように漂ったり、ネオンのように光る、赤や青や黄色や青や緑や紫などの、明るい光が周囲が見えるくらいに照らす。
環形に走る、石畳の道が、内にも、外にも、続いている。外のは低くて、内にいくほど高くなってゆく。
高さが変わる道の外側と内側との間に、家々が並んで存在している。ところどころ、道を突き抜けて高さのある家もあったりと、結構凸凹とした様子だ。
明かりが漏れている家も、そうでない家も半々くらい? それでも、中からは声などは聞こえてこない。
十分広い道幅があるようだが、より内側、より上を、見上げれば見える道は、とても小さく見えた。何重にも、道は広がっている。
それだけここが広いということだ。
先ほどいた街より明らかに大きい。というか、端が見えない。全容が視界に収まらないのだから。
私が立っている場所は外側寄りではあるようだが、外にも、下にも、まだ数多に道は家は領域は続いている。昼の光に満ちたような明るい場所ではないからというのもあるかも知れないが、終わりは、見えない。
そして、この場所の中央。あれだ。間違いない。
夜空と、青と紫で蛍光する城と、それを同心円、環形に囲う城下の暖色から寒色までのさまざまな灯りに彩られた不夜城が、言葉通りに、城が、現実には見られなかった城が、在った。
まやかしのような煌びやかな光景。それでいて、静か、という矛盾。
誰も、いないのだ。見渡す限り、私しか。気配一つなく、物音一つ、無い。
広がっている光景はまるで幻のよう。なのに、そこに在る、空気も光も、足をつけた地面も、周囲の構造も、確かに現実だと、私の感覚は言っているのだ。
真っすぐ前を向けば、私が潜ってきた、此処への扉が確かにある。
(……ん?)
黄色いネオン色の光が、扉を横切って、それに気づいた。扉の取っ手に、何か、掛かっている。黒い、何かだ。周囲の暗さ。扉の黒色。暫くしないと気づかないようにしていた?
そもそも、このポップに明るい色で漂う靄やネオン光も、夜も、魔法だというのなら、今のも合わせて考えたら、誰かの意図が、ある?
師匠、では無いだろう。あの人は多分こういうやり方はしないだろう。もう少し色々と分かり易いし。
近づいて、手にとったそれは、厚いがさがさとした黒色の紙を、丸め、その中央を、黒い紐でくくった、筒のようになったもの、であるようだった。
(怪しげではあるが、こういうのは嫌いではない)
広げたそれには、中央に大きく太く、白い文字ではっきりと、随分と堅苦しく書かれていた。
【魔院城塞入構心得】
そう、書かれたあった。それだけだ。裏返してみても何も書かれておらず、端っこを擦っても、めくれたりもしない。
どうしようもなく、ただの紙だ。大きめの本の見開き程度の大きさの、ただの、豪華そうな意味深な、けど、虚仮威しな、何の意味も無い紙だ。
案内状でも歓迎の手紙でもない。出落ちにしかならない。
(誰かの悪戯、か? 姿は見えないが、先達による仕込みだろうか? そういう伝統があるのか?)
何も書いていない。しかし、これじゃあ、何がしたいのかまるで分からない。悪戯にしても半端も半端だし、相も変わらず、人の気配は周囲に無い。
目を凝らしても、極小の文字が書かれている訳ではない。
透かして、みる。
中央に大きく太く、白い文字ではっきりと、随分と堅苦しく書かれているそれの部分だけが、透けて見える。
【魔院城塞入構心得】
たったそれだ…―透けた文字の向こう側から、光が、たちのぼった。思わず、紙を降ろして、目にすることになったそれは、遠く、この街の中央。大きく、強い、白い光が、宙へ、
(油断した……。間に合わないっ……)
ヒィゥゥゥゥゥゥ、バァァァァンン!
(空に、光が――咲いた……?)
冷や汗をかきながら、扉の取っ手に手を掛けながら、大輪の花のように広がる、光色の水滴が、空に円を描くように、咲き誇り、散っていったのを、見上げた。
その爆発のような音よりも、それが引き起こした光景の美しさに、私は思わず見蕩れてしまっていた。
ヒィゥゥゥゥゥゥ――
(また、だとっ!)
ヒィゥゥゥゥゥゥ、 ヒィゥゥゥゥゥゥーー
(増えた! 折り重なるように)
バァアアアンンンンン! バァアアアン、バァアアアンンンンン! ヒィゥゥゥゥゥゥ、ヒィゥゥゥゥゥゥバァン、バァアアアンンンンン!
白だけではなかった。この場所に漂う赤や青、紫や赤、黄色といった、ネオン色の光のような光の花が、空に折り重なるように咲いては、消えた。
そうして、音が止んだ。いつの間にか、落としてしまっていた紙を一応と拾おうとしたら、
【ようこそ。新しき同胞よ。お城へおいで。君こそ今日の主役だから。君がいなければ、始まらないのだから】
白く、優しく、流れるような文字で、書き綴られていた。
すると――音が、聞こえてくる。流れるように、押し寄せてきた。
ワァァァァァァァーー!
(歓声だ。あの城から、だ。気配が、溢れてくる)
止まない。響き続ける。質量と熱量のある音だ。それは紛れもなく、人の群体としての、音。吹き荒れる嵐のような、しかし心地よくて、悪意を感じない、確かにそれは歓声だった。