始まりの園 内地 学園外街 Ⅱ
石畳で舗装された地面が始まっている。
家同士が、密接して並んで建っている。そのどれもこれもが、三層や五層建てであり、稀に十層に届きそうなものまでもある。
落ち着きつつも、透き通った白や、アイボリー、薄い灰色や、明るい青。そういった色彩でその街の建物たちはできていた。
そして、人の気配が全くない。通りに面した窓から洗濯物などが出ている様子もない。通りの地面に垂れ流しの糞尿の痕跡すら無い。
魔法でそれらを解決している、と考えたとしても、やはり最初の、人の気配が無い、という問題は消えずに残る。
「街の人たちは何処に?」
「おいおい。最初に聞くのがそれか。まあいいが。上だよ、上」
「上?」
と、少年は上を見る。階層構造をした洋風の住居の頂と、その遥か上に広がり続ける昼の青空が見えるだけだ。
「ふっふっふっ。お前であっても何でも気づけるって訳じゃあ無ぇんだな。見上げるんじゃあなくて、真っすぐ、ただ、空を見上げるつもりで、反ってみろ」
そう言われ、少年は素直に、少年は直立し、首をぐいっ、と後ろへ90度倒すように傾けた。
「っ!」
どうして、見えなかったのか。
分かりきっている。そういう仕組みになっている。
あったのは、半ば透けるように存在する、灰色の城壁のような石垣を持つ、巨大な巨大な白亜の屋敷のような、建造物。
遥か上空に、逆立って、浮かんでいるように見える。
ここにくるまでの遥か遠方の城壁と、この街までのむやみやたらに長い間隙。少年はその意味も重ね、全容が辛うじてここから視界に収まるくらいに見えているそれが、目測で推測したのよりもずっとずっと遠くて、とてつもなく広大であることが分かった。
「その顔が見たかった。ひよっ子なんだから、少しはそういうとこを見せてくれや。……。おぉい。おぉいい。ライト――、ライトォォ、はは、駄目だなこりゃ。満足するまで見上げているといい」
通りを進んでいると、家々の連続が途切れ、少し、土の地面が露出した場所に出た。
先ほどまでの密度とは違って、そこから先は、家々の間が、数軒分空いており、石畳も無い。
街はずれという訳でも無さそうで、向こうには、また、家々の密集が見える。
しかし、街の中心の箇所という訳でも無さそうである。
「常識に沿って考えるとズレるぞ? 居場所が」
「防衛機構ですか? それともこれも洗礼ですか?」
「学生向けの訓練の一環だ。魔法っていうのは才能によるところが大きいというか、それが全てと世間一般では言われているが、それは、魔法を放てるかどうかという、有か無か、という話でいえば正しい」
「というと?」
「魔法に対する想像力」
「ぅぅん……」
「らしく無いな。しっくりこないか?」
「はい」
「どうしてそう思う?」
「一律に与えてしまう経験。方向性も決まっているそれは、本来であれば決して悪いものでは無いと思います。ですが、ここは、特別、なのでしょう? なら、そのようなものは、枷にしかならない」
「……。怖いよ、お前」
「そう……ですかね……」
「それは、教導する側、率いる側、遣う側の視点だ。はぁ……。肩の力、抜いてみないか? そう何もかも、難しく考える必要なんて無いんだ。お前は騎士として、そういった側に立てる資質があると見出されて仕込まれてきたんだろうが…―」
「9年、です」
「……。そう、か……」
「9年、です……」
「分かった……」
男はそうやって、引きさがった。踏み入るに、自分は相応しくないと、ほんの数歩踏み入ろうとしただけで思い知ったから。
「悪かったな、空気悪くして」
「こちらこそ……面倒じゃあない、です……? こんな奴……」
「はは。何を言いやがる。厄ネタの宝庫みたいなここじゃあ、お前の事情なんてまだ軽いもんだ。覚悟は他の非じゃあ無ぇみたいだが……」
そこは、白い絵の具でベタ塗りされた木でできた、家の中。
あまりに物が無い。風呂場も調理場も別の部屋もない、ただ、このだだっ広い、一つの部屋だけで、この家は成っている。
窓は無く、天井に浮かぶ灯りは、紐もなく、浮かんでいるようで、ただ、真っ白い。そんな光。そして、自分たちにも、互いに向かい合って座っている白木の四本足で背もたれのない簡易な椅子にも、間に陣取る少しささくれた白塗りが剥げたテーブルも、その上にある、水の入った真っ白な陶器の器にも、影は無い。
「お世話になります……と言いたいところなのですが、ここ、住居では無い、ですよね?」
「そんなことは無いぞ? 答え言おうか? それとももう少し考えてみるか?」
「聞かせてもらいましょう、答えを。さんざん観察して、手掛かりになりそうなモノ一つ見つかってませんし、それに――師匠がどんな顔をしてその用意している種明かしを聞かせてくれるのか、見てみたいという気持ちが強いのです」
「んんん? そうかぁ。はは。お前のことだから、もうちょい粘ると思っていたが。だから俺が用意していた最初の一言はヒントだ」
「ヒント、ですか。趣向変えてきましたね」
「暫くは、この街と、学園の往復がお前の生活の全てになるだろう。生活物資は取り寄せできるから、わざわざ長い時間を掛けて、外縁部へ向かう必要も無い。それに、きっとそんな余裕はお前であってもすぐに無くなる。これが、ヒントだ。何気なく会話の合間に挟もうと思ってたが」
「上との行き来の手段? ですか? それと、この部屋の現状が関係あるとするなら? 残りの部屋は向こう側、つまり学園側に存在してて、ここと、繋がってる、でしょうか? いやでも、師匠の魔法は転移が可能。うぅん、可能性はいくつか浮かびますが、どれもこれも、ありそう、で絞り切れないですね」
と、唸り、考え込み始める少年。
「あれらの階層建ての家々が、学生たちの住居だと考えると? 彼らは多分、上にいる。師匠の家がここにある、他の教師の家は? この付近の他とくっついていない一軒家? それとも、階層建ての家の方にも住んでる教師はいる? 問題はつまるところ、移動手段だ。生活はどうにでもできるとして、上とこことの行き来。明かされていないのは結局そこなのだから――、うぅん……」
「……。そろそろいいか?」
「きりなさそうなので、そろそろお願いします」
「こういうことだ。残りはお前の想像通り」
パチンッ、と男が指を鳴らすと、少年は自身の視界から、何かもやもやとしたものが薄れ、霧散してゆくのが見えた。そして――
男の方法。壁であった場所に、次の部屋への入口が見えた。そしてそっちは、黄色い光て照らされた、木の色そのままの、明るい茶色い木目の目立つ部屋の床が見える。
「あっちにも出入り口がある。抜ければそこが向こう側、だ」
と男は満足げそうに言う。
「行って来い。歓迎されるぞ。俺はその間に、お前の寝床とかの準備をしとく」
すると、これまでの冷静さはどこへやら。少年は目を輝かせて、男の横を通り過ぎてゆく。次の部屋の、唯一の扉。それが開き、駆ける音と、閉じる音が、向こう側へと消えてゆくのだった。
始まりの園 内地 学園外街 FINISH
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