デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 転機 戦場終わりて勝負の始まり
岩盤が吹き飛び、地上に到達する。
晴れてはいる。だというのに、霧が立ち込めている。恐ろしいほどに静かで、この場に立っているのは自分以外には存在しないのではないかと思わずにはいられない程だった。
誰の叫び声も聞こえず、樹木蠢く物音の一つすらも無い。
明らかに異質だった。
少年の光輝す体表のオーラの如く光の魔力も、周囲を照らすには足りない。
明るく、虹色に煌めく、霧。垣間見るように見る、僅か数歩先の距離。それもすぐさま見えなくなって。
(埒が明かん……)
剣を抜き、
【†飛刺突†】
飛ばした突きの軌道の、風圧。霧を舞き込みながら――
「っ!」
【†斬る†】
反射的に気づき、体は既に動いていた。自身に跳ね返ってきた、自身の飛ばしたはずの風圧の暴威を斬っていた。
ふわん。
「あ、わ……? 泡……?」
思わず二度見した。
泡。シャボン、とも言う。霧は薄れ、虹色が周囲一帯に、大小様々に、ふわん、ふわん、きらり。
その大小様々なシャボンから気配がする。魔力ではなく、気配。
物凄く嫌な予感がした。
自分が意識を失う前までの、パークの大多数の状況。嫌でも推察できてしまう。
(この泡……。意味もなく出てきた訳ではあるまい)
それは何からできているのか? それには何が封じられているのか?
(潰していいのか? 後先考えるならば、全て、躱してゆく他、ない。吹き飛ばして、くっついてしまって、一つになってしまうというのも、中身が本当にあって、それが想像通りのものだというのなら、影響は計り知れない。ある意味、巻き沿いにして、それらの生を終わらせてしまうよりも、酷いことになりかねない)
「あそぼ?」
ぞくり。
感じた寒気は、背筋をなぞる、どころではすまない。
この冷たい焦燥をよく知っている。
判断を致命的に誤っていた際のそれだ。
教え込まれたものだ。手遅れになる寸前の感覚。手遅れになった後の感覚と共に。この二つ。ひどく違うものだから。後者の場合、それでも動かねばならないことが多い。敗戦処理。事後処理。故に考えるより動くことが肝要。逆に前者の場合。考えることこそ肝要。ただ動くだけではいけない。
違和感に対する鋭さ。ここ直近の、彼女が暴走した際にすら、これほどではなかった。
では、何がどう、致命的、だ。
はは、成程。確かにそうだ。
どうして気づけなかった?
この被害の規模に反し、誰一人として死んでいないということに。
答え合わせにはなっている。
確かに、遊び、だ。子供の遊び。
いる? いない。煙に巻かれているかのよう。
ターゲットが、手の届く範囲に、きっと、いる。
それでも、こうシャボンの群れが邪魔だ。子供の遊びで人は死なない。わざと、では。悪意はない。それでも、致命的であるならば、一手の誤りは死出への旅路。
これは、悪しき者。これは、敵。その認識こそが、間違っていた。最初から、全部が全部、間違っていた。
取り込んだ。来園してきていた者の。その多くは何だ? 知識と力。……。本当に、そうか……? それだけでは、こうはならない。奪われたのならば、失う。なら、どうして、彼らは気を失うまで、錯乱を続けることができた? ここはどういう場所だ? そういうつもりで、客たちは来た? どういうつもりで、キャストたちは客をもてなした?
遊びだ。遊び。遊んでもらいにきた。遊びにきた。
それを根幹としつつも、徴収。生きし者たちの生気。精気。この領域に立つあらゆる者たちへの、吸い取るような徴収。それは正しく脅威であって、狙わずして、得ずして、根本を覆い隠した。
そして、その本質。子供の遊び。悪意のない遊び。子供の遊び。少年や少女の遊びですらない、子供の遊び。だからこそ、間違えるときは、悪意無く、ただただ、間違える。
遊び相手に恐れられて、遊び相手を動けなくしてしまって、遊び相手に逃げ惑われて、正気とは程遠い戸惑いと衰弱に苛まれた遊び相手には、ただの、あそぼ、も聞いて貰える筈がない。
知らないのだ。分からないのだ。こいつが吸ったのは、生気や精気であって、意識や感情であって、記憶や経験では無いから。記憶は、それについてきた焼き付きみたいなもので、思いつきと衝動と好奇心でできている。だから、子供のようになったのだ。
色々と試そうとするのも、粘り強さが無いのも説明がついた。
子供の知性を持って、それは、私の前に立っているに違いないのだ。
「おいかけっこをしよう。わかる、か?」
シャボンの弾幕の先へ、声を響かせる。シャボンが揺れて、ゆらぎ、反響し、広がってゆく。
「うん、しってる」
(……!)
「じゃあ、どちらが鬼をやる?私たちか、君か?」
(どう……、だ……?)
「にげる〜、ぼく〜」
(だろうな。ずっと鬼をやっていたのだから)
「お〜い。まてまて。こうしよう。ここは広くて、逃げやすい。私がしてたみたいに。だからこそ、追いかける方はたくさんなほうがいい。隠れんぼうじゃないんだし、あわあわには、宙で待ってもらっていよう」
(ここから! ここからだ!)
「?」
(くっ……!)
「どうせならワイワイやりたい。もっとたくさん追いかけてきた方がおもしろいと、思わないか? なに。難しくもめんどくさくもない」
(これ以上……、どう、崩せばいい……? 大人のする子供の遊び。だからこそ、付随した知識は、子供言葉以上の理解を可能にしている筈だ。少なくとも、こうやって、ルールのある遊びを理解するならば……!)
「?」
見えもしないが、首を傾げた様子が目に浮かんだ。
(ここだ!)
「みんなでやろう、ってことだよ。残りのみんな、ぜぇんぶ、呼ぼう! おいかけっこだ! みんな疲れて眠るのか、君が私たちにつかまるまで。どっちが先かな?」
「ふふふふ、わぁああああああああああ――」
ドタドタバタバタ。人の子にしては大きすぎる重量感ある足音が、すぅっと、遠くへ疾走していった。
周囲一帯のシャボンが、虹色の霧と共に浮かび上がり――僅か数十の精鋭の人影が、転移してくるかのように表れた。




