始まりの園 辺境 逆巻く彼方の陽影の城 Ⅵ
ゥオゥンンン、ボトッ、グツグツグツグツ――
ゥォゥンンン、ポチャンッ、グツグツグツグツ――
それは、巨大な鍋だった。
色の無い煮える液体と、煮立っているのに見えない湯気。
人は、いない。
下水道の最初の開けた場所よりも更に広い。逆向きにした巨大な漏斗のような形をしていて、上へと細くのびている一つだけの煙突らしきモノは果てが見えない。壁面は真っ白で微塵の汚れも無く、床面は、少年と男のヘドロの足跡さえ無ければ、同じく真っ白で微塵の汚れも無かったことだろう。
部屋の中央の、黒や緑の錆びで覆われた取っ手のなくて口の広い、ふくよかな瓶のような壺へと、大小様々な大きさの紫色の渦が現れ、何か、落としてゆく。
ゥオゥンンン、ボトッ、グツグツグツグツ――
ゥォゥンンン、ポチャンッ、グツグツグツグツ――
「成程……。ヘドロとは別種の、きつい臭いですね……。でも、ヘドロでもうダメになってるから普通に居れるっていう……」
「わざわざあんなとこ歩かされる仕組みになってるのはそういうことらしい。なら、魔法で臭いくらい何とでもなるだろって一見思うだろうが、あいつは自他共にここでのそれを許さない」
「ま、危ないから、でしょうね……。はた迷惑この上ないですが……」
と話し込む二人のもとへと、背後から聞こえてきた足音。
振り向く少年。
ボロボロで、色褪せて元の色も分からないようなローブを幾重にも被った、腰の曲がった存在がそこには立っていた。
「はじめまして。君は物分かりと諦めがよさそうでとても善いね。名は?」
そう少年に向けられた声は、明らかに見掛けとは相反した、品のある落ち着いた若い女の人の声だった。
「ライトといいます……」
まあ、評価が評価なので少年の返事は当然のように落ち込んだ風になる。
「よぉ。久しぶりだな、たたら」
「黒亜。ボクから自己紹介の喜びを奪うのはやめておくれよ」
「……。止めろよぉ……」
「フルネームで呼ばなかっただけ有情だよね?」
「はぁ……。俺が、悪かった……」
屈服する男を見て、少年は驚かざるを得なかった。固定された力関係と、妙に生々しい仲の良さというか深さというか。そういったものが垣間見れたようで。
元師匠に受けた教えを思い出す。
(薮蛇は止めておかねば……)
ここぞと弄ったり、何か言いたい気持ちに蓋をした。
ゥオゥンンン、ボトッ、グツグツグツグツ――
ゥォゥンンン、ポチャンッ、グツグツグツグツ――
煮えたぎる、黒や緑の錆びで覆われた取っ手のなくて口の広い、ふくよかな瓶のような壺の前。
「で、モノは?」
「これだ」
と、男が地面に出した紫の渦。ゆっくりと浮かび上がってきて、姿を現したのは、一刀両断された数多もの【鉄馬】の遺骸。
「おぉ……。やったのは、キミだね? ライト君」
「はい」
少年は誇ることもなく、ただそう返事した。
「そこの、一番状態いいやつも、かい?」
「はい。魔法で居貫きました」
それもまた少年は誇らなかった。
「今日からでもそれ一本で食っていける腕じゃあないか。もう、そこの恩着せがましい男に頼む必要は無さそうだね」
「……。忘れてたぜ。これも頼む」
と、男が渦を出して、そこから浮かび上がってきたのは、【たいや虫】の一刀両断死体と、全長十メートルを超える、角から尾の先まで全身緑々しいの蛇の鱗と、細長い蛇のようなタイプの身体のドラゴン種である【蛇龍】の串刺し死体。串となっているのは、ひときわ濃い、紫の瘴気放つ、魔力の塊のような棒。
「【たいや虫】はライト君、【蛇龍】は黒亜の手によりものだね。ありがとう。だからボクはやっぱり変わらず君が頼りさ」
少年には、経験は無いが分別はあった。
男へと近づく、その見掛けと声があっていない女の動き。男がそれを受け入れる動き。
そっとさりげなく、踵を翻して、自身が通ってきた、こちらから見たら三角に左側丸々欠損した扉の方を向くのだった。
始まりの園 辺境 逆巻く彼方の陽影の城 FINISH
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