デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 変転変換 境界消滅 (中)
外と比べての時の流れの遅延。
パークとしての御持て成しの一つ。
そこにいる間、一日が長くなる。外に出ても、その差分が代価として一気に降り掛かり年をとる羽目になるといったこともない。
そんな、素晴らしい御持て成し。
但し、それは、御持て成しを行う担当者がその業務を恙なく行っている場合に限る。
故に――担当者であった世界樹によって齎されていた、時間の落差を生み出していた壁は砕け散りながら消滅し、もう一人の担当者も落ちたことにより、遮る物はなく、その影響は、内から外へ――
パークの敷地より外へと広がる、この、『世界』、といえる領域の最外縁。
黄金色の少年が張っていた、世界を隔てる壁。世界の壁は、その外からの侵攻の全てをシャットアウトしていた。
世界の壁としてはあまりに狭い壁。だからこそ。その内にいる存在も少なくて済んだ。
脅威といえる範疇だったのは、空の上にいた竜と、今、この宙域にいる、あの鳥だけ。
送られてきた次善の駒であったブラウン少年とクァイ・クァンタを再度呼び付け、通らせた。愚者ではない二人に対しても問題なく、認識阻害も行使できていた。
それは、世界を隔てる壁の内側へ作用していた。
世界樹を殺す、倒す、捕らえる、という選択肢を、思考から除外する。太陽の位置が、境界の外から内へとくぐったときに、巻き戻ったかのように、少し動いたことに、現に彼らは気づかなかった。
それが効かない存在。それが、かの竜と鳥であった訳だが、そんな存在に対して、限定的に働いていたのが、世界樹自体が元から張っていた、パークの内と外を隔てる障壁。それに重ね貼るように発動する、破壊と侵入を許さぬ概念結界。
それが今、消えた。
世界樹。
太陽が頂点に至った頃。
黄金の広葉が折り重なるように生い茂る世界樹。
その幹表面の脈打った中空構造の内を昇り、幹の上部。枝々が細く枝分かれして伸びてゆく分岐が特に多い、幹中心の、枝ではない頂。
その内側にて――
「ふぅん。分体にしては随分情報持ってたね」
シューイットは澄ました顔で、そう感想を漏らした。
「てめぇがやられるなんて微塵も信じてなかったんだろうな。そういうクチだろ、コレは。情っさけ無ぇ抱え落ちだよな」
ガリアスはむすっとした風に、そう吐き捨てる。
あの四人組のうちの二人である。そして、首をつかまれ、ぶらんとしている、黄金色の少年。
「これも織り込み済、ってことはない?」
あれっ? と思い至ったように、そう尋ねたシューイット。
「あんまりにも、あっさりだったからなぁ。既に目的は果たした。だから、もうこの端末は要らない、っていう意味ではあり得そうではあるな。最低限の目標は満たした。だが、念のために余剰に注いでおいたリソースが奪われた。エネルギーだけではない。情報も。コイツの本体や残りの分体の次の手次第だろう。できりゃあ、見逃して欲しいところだが。ま、予定通り、即座に、我らが王の元へ戻るとしよう。あいつら二人には実力行使で戻って貰えばいい。あの怪鳥に首輪付けれりゃ何とかなるだろうし、随分乗り気だったし、心配は要らんだろう」
二人と、鹵獲された黄金色の少年は、その場からすっと消えた。
黄金色の少年が落ちたことによって、パークを内包する世界の巨大なる壁が消え、パーク内外の壁の上を覆っていた強大な壁が消え、世界樹によるパーク内外の壁も、軋み、崩れ始めていた。意識すら消え失せようとしている存在が、障壁なんてものの強度を保てる筈も無いのだから。
そして。破れた。綻んだ。ということは――認識阻害が解け、時の負荷が漏れ出すということである。
パークの外。そこから最も近い距離にいる存在たる、ブラウン少年と、クァイ・クァンタ。
そして、高度のせいで、距離にすれば、三番目。かの鳥が気づいた。
太陽位置の矛盾と、破裂音と割れる音と共に始まった、地鳴りと轟音に気をとられて、隙を晒さざるをえなかった二人を、かの、独占欲の強い鳥が、認識し、襲い掛かってきた。
それは、風切る音すらない、急降下。
いよいよというところになって、変形する爪。その音に、クァイ・クァンタが反応した。声を出して警告しても間に合わない。自分だけ避けるという選択肢もない。そんな彼女が選んだのは、ブラウン少年を守るように抱き、包み込むこと。
それは、愛であり、献身であり、愚行である。そうしたということは、ブラウン少年の対応力を彼女は信じなかった、ともとれる訳なのだから。しかし、どうしようもなく、人間らしい感情でもある。信じる信じない云々ではなく、それは理屈ではない感情に突き動かされたようなものなのだから。愛の証明ともいえる。
そうして、二人は――終わらなかった。
鋭く尖った風魔の鱗に覆われた巨爪は、先辰砂の色と緑のグラデーションに変わり、速度を失ってゆき、闇色の岩に遮られ、僅かに砕けながら、二人に到達することなく、止まった。
「うぇぇ、こりゃ極まった変異種だぜぇ。故に欲しい。あんな幼木なんかより、絶対ぇ、こっちの方がいい! いいよな。そこのカップル。あいつ、しばき倒して俺の乗騎にするからよぉ」
ゲリィは、黒い煤みたいなもので汚れた手をぐわんぐわん、振り回して、にぃぃと、笑う。
「捕まえて縛りつけて調教すんのぉ? それとも、正気に戻す~? 戻るまで~? 叩いて叩いて~? 暴れさせて~?」
シンシャは、鼻歌交じりに、どきどきわくわく。
あの四人のうちの残り二人。ゲリィとシンシャである。少年たちとの共闘の時よりも、ウキウキワクワクな様子であった。




