デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 変転変換 境界消滅 (外)
世界樹。
太陽が頂点に至った頃。
黄金の広葉が折り重なるように生い茂る世界樹。
その幹表面の脈打った中空構造の内を昇り、幹の上部。枝々が細く枝分かれして伸びてゆく分岐が特に多い、幹中心の、枝ではない頂。
その内側にて――
「何ぁぁに、死に掛けてるんだい?」
自身の身体よりも大きな黄金色の葉っぱを恐らく数枚、何やらの力によって、体にくっつけて纏っている黄金色の少年が、天井を仰いでそう言った。
木目も継ぎ目もない、均一に白く、木の匂いがうっすらと漂う、穏やかな温かさと、静寂の漂う半球のようなドーム。黄金色の髪の少年が跳ねても届かないくらいには天井は高いが、それでも、端から端まで、容易く走って端から端へと移動できてしまう程度には、狭い。
樹木っぽさはない。
走る脈はなく、迸る光も現れない。
うっすらと透けるように、壁面全体から弱々しい太陽光が透過してきて、晴れた日の昼に薄いカーテンを閉め切った部屋の中、みたいななんともいえない明るさだった。
暗い、ともいえない。薄暗い、ともいえない。言うなれば、光に薄く照らされた、影の中に、いる。
「株分け、じゃあなかったのかい? 偽ったのかな? 契約は絶対だというのに」
返事は返ってこない。
黄金色の髪の少年にだけ聞こえる声があるのか、肉声以外の手段で、向こうから返答があるのか。それは、この黄金色の髪の少年か、そんな少年が話しかけている先にいるかもしれない何か、の二人だけにしか、分かりはしない。
「これじゃあ、足りないじゃあないか。僕の成長、止まっちゃったんだけど」
薄暗く、なる。
昼間に厚めのカーテンを結構みっちり閉め切った部屋の中にいるかの如く。
木目が、浮かぶ。
ほんの一瞬で、空気が、からっと乾く。
寒くなった訳ではない。
「死に逃げかぁ。困ったなぁ。ここにきて、強制徴収も始まる兆しが無いってことは、契約の縛りには引っかかっていないってことだよね? わざとでも何でもなくって、単に運が悪かっただけ? ……。嘘でしょ? お~い? 世界樹? ……。【ユッグ】?」
ミシッ! ガリガリッ、ガリッ!
削れる音。漂ってきた木屑。微かに黄緑色に露光している。飛んできた方向、つまり、音の発生源を見た。
微かに黄色く光り、浮かんでいる。指より細い、掌より長い程度の、枝。
壁面の新しい傷を照らしつつ、カンカンっ、とその浮かぶ枝の先は、読めと言わんばかりに、指し示す。
「ふぅ。わざわざ命じて、させる、なんてさせないでおくれよ?」
黄金色の髪の少年は、目を細めながら、その傷、つまり、文字の羅列を読み取った。
【真名で呼ぶでない。】
読み終わったら、傷はもう消えている。
「ま、堪えてよ。それくらいは。それで?」
次が、浮かぶ。粉が光り、お陰で、彫られた文字がはっきりと見える。光る枝の補助があろうとも、まだ薄暗い闇に覆われているこの空間では、それはまるで、浮かび上がるようにはっきりと。
【失敗ではない。その逆である。】
されど、彫り終わっての数瞬だけである。そこの無駄な光る枝というリソースを割いてまで、彫る先へ注目させるように誘導を果たす必要があったということなのだろう。
「つまり?」
【上手く行き過ぎたのだ。株分けのつもりが、力と記憶の継承、となってしまった。】
「君、仮にも世界樹だよね?」
【正真正銘の世界樹である。いや、そうであった。ほんの数刻前迄は、な。】
「それなら仕方がないね。力の行使の権限が君から継嗣に今も流れていっているんだろう? けれど、どうして、すぐに気づかなかったんだい?」
【お前のせいだよ、【交差路】の。】
すると――
ドクン。
うっすらと。一回り。黄金色の少年の背丈が伸びた。大人という程ではない。青年という程ではない。しかし、確かに、その背丈が伸びたのだ。
「二つ名で呼ぶなよ……」
【真名呼びされるよりはましであろう。】
「そりゃ、ね。でもさ、君に協力を仰いだ、その背景。僕は話せる範囲で全部話したのに。酷くないかい? 意味がなくなってしまうかもしれないじゃあないか」
【お前の望む儘に進むのが、真の解放の道となり得るとは、わたしには思えぬのだよ】
「それは言い訳だろう? 僕は君から、多少は強引に取り立ててもいいのではないかって、ここまで話を聞く限りは思うのだけれど。当然、この思いの先も。契約の果ても。君の継嗣に流れ込まないとは断言できないよね?」
【足摺るぞ? 立っておれぬぞ。わたしも。お前も。他の悉くも。継嗣は別よ。株分けとはそういうものだ。倒木から芽生えた新たな芽のようなもの。】
「知らないなぁ。まあ、いいよ。分かった分かった。倒れたかったら倒れたらいいよ。そうなったなら、君の継嗣を守る壁はなくなる」
【知識も力も継承されるのだ。全てとはいかぬ。それでも。名と体に恥じぬ程度の、概念を背負えるだけの資格には届かせてやれた。後は自我と呼べるほどの意思が形となるかどうか。つまり、もう、あの子の問題である。】
「親である大樹の幹と枝葉による護り。消えるのはそれだけじゃあない。おかしいと思わなかったのかい? 神族たる君の滅びと、出現した継嗣への継承。やたらめったら時間の掛かっている継承。どうして、邪魔が入らないのかな?」
【邪魔者なら、お前が葬ったではないか。】
「君の現状に気付いて、手を伸ばしている者が一体どれだけいると思っているんだい? 最も近くにいたのが彼らで。質を測る為にわざと入れただけだよ。あの種類の奴らが、数でいれば最も多い。当然だよね。簒奪において最大限の恩恵が得られるのは、同類、同族に限られる」
【何が言いたい?】
「邪魔が入らないように、僕が張っていた、ある種の障壁。わざと君にも感知できないだけ遠くに張ったんだけれど、それも消えることになる。君から分け与えられた力からリソースを割いていた。だからもうそろそろ、維持もできなくなる。……。あっ……」
静寂が終わる。
砕け弾けた音。轟音と地鳴りが、周囲、遠くから、幾重にも幾重にも、聞こえ始めてきた。
「破られたようだ。これ以上僕は出すつもりはないし、君にお願いされても聞いてやるつもりはない。こうなってしまっては仕方がない」
【何を】
「【ユッグ】よ。歩け。とある地点まで、又は、朽ち果てるまで。もはや、思考することすらなく。疲労も忘れ。尽きるまで、歩くがいい。それを、君から僕への契約違反への代価とす」
と、掌で、壁面に触れた。
ただ、念じただけだ。向かうべき座標を。
「どう転んだとて、それで終いにする。脅かしはしたけれど、君の継嗣から取り立てるつもりはないよ。……、あぁ、もう聞こえてはいない、か。言ったことには嘘は無いよ。隠したことはあろうとも。そこは、君と僕とで、お互い様だろう?」




