デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 承来 闖入者たち Ⅴ
ぺたっ。ぺたぺた。ぺたぺたぺた。ブッ!
銀色の手甲は、それに、べたり、べたり、と痕跡をつけた。
半流体。ゲル状のそれの表面から、痕跡は消えてゆく。
高い太陽。青い空。だというのに――厚くも、薄く黄金色で、透けている。聳える、天幕のような、何処までも続く、壁。空間を、こちら側と向こう側に二分するかのように。
向こう側、つまりその壁の内側は、荒れ果てており、今も――破壊の波が押し寄せてきた。僅かに壁を内側から揺らがせて、その波は消えた。
つまり、青空と、ただの荒野と破壊され尽くした大地が広がっているだけだ。それと時折押し寄せてくる波、以外。波の発生源も、一切の構造物も見当たらない。
だというのに、
「此処だ……! 間違いあるまい! 奴の領域……! 追いついたぁぁぁ……! 漸く、漸くぅぅぅぅぅぅ、辿りぃぃ着いたぁぁぁぁ……」
その存在は、何やら確信しているようだった。煤けて、灼けた声だった。
煤粉が、ヘルムの丸穴から噴き出し、漂う。その背後から、
「団長殿。御命令を」
若さと熱さを感じさせる声。
丸穴ヘルムのその存在は、
「そうさな……」
ガシャン。
踵を翻して、振り返った。
丸穴ヘルムの全身金属鎧の、団長と呼ばれる存在は、とかく、巨躯であった。2メートルを超えている。巨人という程ではない。その身は、そうやせ細ってもいなさそうだが、太ましくもない。全身鎧は磨き上げられているようで、目立つ傷や凹みもなく、光沢を輝かせている。
向かい合う形となった、バケツヘルムのずんぐりむっくりした金属鎧の存在が、若さと熱さを感じさせる声の持ち主であるようだ。太ましくはない。ヘルムがやたらめったらに大きいのだ。とはいっても。声の調子からしても、中身はそう詰まってはおるまい。中肉中背といった、並の背丈と体格であるようだ。
バケツヘルムの存在は、膝を立てて、首を垂れた。すると、その存在によって隠れていた光景がはっきりと露わになる。
団長と呼ばれる存在は、広がる光景に向かって、
「貴君らも又、残された時は欠片程であった。我もそうだ。……。我々は奇蹟を簒奪しに来たのだったな……」
語りかけた。煤が吹き荒れ、団長と呼ばれる存在の向く先、地平線へと続く、銀色の軍勢の縦列をなぞるように、その声は、飛んでゆく。
きっと。果てなく届くのだろう。消えて、見えなくなるまで。
地平線へと届いて、更なる先へ。長く。長く。長く。この場への行軍を進めている、重装の兵士達の果てにまで。一体どれだけいるのか。数百、数千ではきくまい。
「奇蹟はこの先に在るぅぅぅぅっ!」
「御命令を! ハカランダ騎士団長殿ぉぉおおおおっっっっ!」
膝をつけ、首を垂れ、命令を待つ、バケツヘルムのずんぐりむっくりした金属鎧の、若さと熱さを感じさせる声。バケツヘルムの存在は副官や側近であるらしい。
「貴様だけには留まらぬ。全員だ。全員! 全員、侵せぇぇ! 壁を破り! 踏み入るのだぁぁ! 奴の世界へとぉぉぉ! 我らが先は、この不可能の壁の先にしか、無いぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
地鳴りのような轟く、呼応の声が波のように。押し寄せて、押し寄せて、押し寄せて、壁がぷるぷると揺れる。
「サリオンンンンンンンンンンンッッッッッ! 足場を喚べぇぇ! 貴君ら! 進めぇぇぇぇっっっ! 我らがサリオン副団長の段々の足場に上り、壁に対峙するのだぁぁ! そして、構えよぉおおおおお!貴君らの整列が終わったその時が、我らが侵攻の始まりの時だぁああああああああ! 壁を越え、奇蹟を我らが手にぃぃいいいいいいいいいいいいい!」
地鳴りのような轟く、呼応の声が多重に押し寄せ、壁も地面も、空気までもが轟いた。
金属の擦れる音と、土を踏みしめる衝撃音。続く続く続く行軍。始まる始まる始まる展開。下から。横へ横へ横へ、上へ、横へ、横へ、横へ――
団長と呼ばれる存在に近づいていた兵士たちは、壁に沿って、ひたすら、横へと展開してゆく。
刀であったり。槍であったり。斧であったり。槌であったり。長弓であったり。クロスボウであったり。彼らは、全身金属鎧であるということ以外に共通点は無い。鎧に覆われた尾であったり、明らかに純人種以外も混じっている。四足である者すらいる。
配置についた者たちは、ただ、無言で、武器を構え、待つ。きっと、一時間でも二時間でも、彼らは集中を途切れさせることなく、そうしているだろう。
そう思わせるだけの圧がある。誰も彼もが鎧で覆われているにも関わらす。そんな圧が、色濃く漂っている。
数多の意思が、一つに統一され、意識だけではなく、配置につくという形で、彼らの身体までもが、一つの場に集まってくる。
それは、一つの群体であるかのように。
きっと、時が来たとき、たった一つの号令だけで、彼らは一斉に、全力で、壁を破るための攻撃を始めるのだろう。一心不乱に。
半透明な黄金色の壁が、並ぶ金属鎧の者たちによって、底から、どんどんと、僅かに金属の灰色へと、染まり始めていた。




