デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 承来 闖入者たち Ⅳ
大地が――揺れた。
波紋のように広がる衝撃。
砕け、弾け飛ぶ、地面。
その発生源は、パークの骨子である世界樹と、上から急襲してきた者との衝突。
このパークの現在地が、周りに何も無い荒野で無ければ、一体どれ程の被害が出ていたことか。
パークも、仕掛けてきた存在も、無傷であった。
パークは、これの襲撃の前から張っていた内から外への出入りを封じる障壁が、外から内への出入りをも封じる役割を持っていたが故に。
仕掛けてきた存在は、喰らった存在から得た、その強大なる魔力と強度が故に。
まばらに生える木々を薙ぎ倒し、丘を平地に変え、大きな岩や石、洞窟すら吹き飛ばし、数キロ先まで衝撃波は届き――それより先は蜃気楼のように風景が歪んでいる。
その進行方向に、坂になるように突如聳えた岩々。その上へと、波は滑ってゆき、その先の地面から先、破壊を齎しながら進んでいった。
やがて――破壊的音が遠くなり、色濃かった砂埃が薄くなって、
「行ったみたいね」
「うん」
這い出すような姿勢から、しゃがみ歩きになって、現れたのは、二つの人影。
小柄な少年と、大柄な少女。
ブラウン少年とクァイ・クァンタである。
何故こんなところにいるのかというと――少し時は遡る。
「あたしみたいなガサツな女の柄じゃないって思ってたけど、あなたの言う通りだったわ。偶にはこういうのもいいもんねぇ」
「だよね? それにさ、キミはそんなガサツじゃあないって。悪い意味で、もっと凄い人たちいっぱいいたでしょ?」
「確かに……ね……。でもあれらと比べられると流石にきついかも」
「そういうところ。ちゃんと人目を気にしてるよね。本当にガサツな人たちって、周りの目なんて引くくらい全く気にしないもんだよ?」
「そう? そう、かもね。……。ねぇ。あなた。あたしさ。他にも行ってみたいところ、たくさんあるんだ。何処もかしこも、遠いところばかりだけれど。世界を跨ぐくらい遠いところばっかり。あなたと行きたいの。いつか――付き合ってくれる?」
「うん! じゃあ、まず、どんなところか聞かせてよ! 何を用意するか考えなくっちゃ。旅にするのか。観光にするのか。滞在にするのか。今日みたいに遊びに行くのか。ひょっとしなくても、お金もたくさん貯めないといけないかな?」
「そうねぇ~。色々要るわ。準備も。お金も。そして時間も」
「だからきっと、楽しいんだよね」
「そう――」
「そう――」
「「行く前から!」」
手を繋いで。だからといって密着する程でもなく。顔を赤らめるでもなく。笑いあって。とても自然にそうやって、青空の下を歩いている二人。それが二人っきりだからなのか、いつもそうなのかは定かではないが、彼女は彼のことを、あなた、と呼んで。彼は彼女のことをキミと呼ぶ。その様子は、名前で呼び合うよりも先の段階に到達しているように見える。
まだ、太陽が高く昇りきる前。朝と昼の間くらい。
目の前で口を開けている、学園辺縁への門の一つとなっている、苔むした灰色煉瓦組みの円柱砦へと足を踏み入れた。
「やぁやぁ。随分早いお帰りだねぇ。よかったよかった」
「「!!! ???」」
二人は呆気にとられた。
本来そこにいるべき、出入りの管理者とは異なるのは、見れば分かる。
「ラインゴルト君にわざわざ替わって貰った甲斐があったというものだ」
「……その姿は一体……」
そう発しながら見上げたクァイ・クァンタの表情は引き攣っている。何かに気付いているらしく、
「……ラインゴルトさんの恰好を真似て何やってるんです? 学園長……」
偶にある奇行だろうけれど、人が真似するチョイスとしてはまあないであろうそのチョイスはどういうことなんだろう、と、首を傾げて、見上げながら、不思議そうに、純粋にそう尋ねたブラウン少年とは何やら反応の方向性が違う。
ジュゥゥ!
白く、湿っぽい蒸気が、学園長と樽の接続部周囲から、吹き上がった。
醸造場のそれのような巨大な木製の樽状の物体。横っ腹の方が高さよりも長い、ずんぐりむっくりと立てられた、それの中央に、挿し木されたかのように、恐らく腹から上を出すように生えている学園長の姿がそこにはあった。
鉄の樽。鉄の鎧で覆われた、絶大なる黄金に意思が宿った存在。それがこの場の門番の役割を本来果たしている筈の存在、ラインゴルト。
蒸気を出すための煙突を生やしての、形態を蒸気機関車に変換することができるのが奥の手であると、何故か誇らしげに誰彼構わずに明かす、ラインゴルト。
そんな彼をオマージュしたようでいて、鎧は着ていないし、かなり中途半端である。
「クァイ・クァンタ君。こちらへ来たまえ。ブラウン君は目を閉じて耳を塞いでおくことをお勧めするよ?」
学園長が何故か機嫌良さそうにそんなことを言うので、ブラウン少年はとりあえず従っておくことにした。
子供らしく素直に。離れて、壁にもたれかかり、すたん、と座り込んで、両掌で、うぁん、と両耳をぎゅっと挟み込むように塞いで、目を閉じた。
クァイ・クァンタは、額をぴくつかせ、引き攣った表情のまま、自身が抱く嫌な予感を端に押しやって、学園長の傍に立った。
むわん、と、漂ってきた、におい、から、クァイ・クァンタは確信した。自身の勘の鋭さを恨みながら。
「ええとねぇ――」
そうして。学園長の口から聞かされた、ひそひそ声での、長ったらしいのろけ話。そして、どうしてそんな恰好をしているのかの理由というのが、あのラインゴルトが見かねて、用意したとのことだった。それが無ければ、隠さず、密閉せず、永きに渡って待ち続けてていた日がとうとう訪れたことによる換気と、魔女の本能の暴走からくる生命的な滴り……。洪水……。
遠まわしでいて、分からせようとしてくる、ねちっこい、言い回し……。
「――つまりだねぇ、わたしのこの、樽より下は…―」
直に言葉にして言おうとしてきたので、流石のクァイ・クァンタも耐えかねて。
「言わなくていいです! 分かりましたから! あたしもブラウンとずっと逢えなかったら、そうならないとは断言できませんし! でも! ですけど! 止めてください! きついんですよ! きっつい! 貴方何歳なんですか? 百や二百ではきかないでしょう! お気持ちは同じ女として痛い程分かりましたから、もう、やめてください! ……。あなた……。どっから、聞いてた……?」
「ふふ。どっからかなぁ?」
いつの間にか、樽の下から、ブラウン少年が微笑ましそうに眺めていた。
巨大樽に入った学園長。その樽の前から少し離れて立って、見上げるブラウン少年と、クァイ・クァンタ。
「君たちにお願いがある。今すぐに、君たちが先ほどまで…―」
「勘弁してくれませんか。デートの余韻が台無しじゃないですか!」
クァイ・クァンタは堪らず苦言を呈した。
何せ。この基本受け身なブラウン少年に、このある意味これまで見る中で最高のテンションといえる、ただでさえ押しの強い学園長にNO! と言える訳もない。
自分が言うしかないのだ、と矢面に立ったつもりであったが――
「取り合えず聞くだけ聞いてみよ。無理そうなら断ればいいんだし。結構な距離歩いてきた訳だし、学園長だって、あそこがそれなりに楽しく疲れられるところだってことくらい分かってくれていると思うよ?」
こんなことを言う始末である。
クァイ・クァンタはそうして諦めた。
「君たちが先ほどまでいた、あのパークだけれど、今大変なことになっているんだよ。こんな風に」
と、水晶球を宙に浮かべて、かのパークの中での様々な惨状、そして、外から見た様子、それを引きで見た様子を見せてゆきながら、
「――と、いう訳だ。お願いできるかな?」
そう、ニヤリ、と笑うのだ。
とんだ厄日だとクァイ・クァンタは、肩を落とした。
真剣な面持ちをして、やる気の闘志を燃やしている隣のブラウン少年とは裏腹に。
そして、どうせ、自分に訊くことなく、OK、安請け合いしちゃうんだろうなと思ってたら――
「学園長。受けます。なので、成功失敗に関わらず、ペアで。パークの券。スイートルーム。別に、あそこ以外の似たようなところ、でもいいです。遠い場合は行き返りの足も付けてください。というか。後で、クァイ・クァンタさんと話して決めてください。彼女が満足いくように。学園長。信じてますよ」
胸がきゅん、と鳴った。




