デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 承来 闖入者たち Ⅲ
「灰を撒く~。灰を撒くぅぅ~。それは新たな血肉となるからぁぁ~」
独り言にしてはずいぶん機嫌よく、歌うように。
丸く集めて、浮かせて、歩いて一纏めに運んできた大量の灰。
相も変わらず、一糸纏わぬ姿のまま。
「焚~べた。焚べた。三本ぜぇ~んぶ。焚~べた。焚べた。焚べたぁぁ~。ぜんぶぜぇぇんぶ! だぁぁから、」
変わらず、横たわったままの、膝を抱えて、眠っているか沈黙しているかやはり判別のつかないそれの上に、ドブゥウウウウウウーー
かかっていく。
覆ってゆく。
埋めてゆく。
山になる。
「はっやく、はやく、はやくはぁぁやくぅぅ~。おっきく、でっかく、なるんだよぉぉ~」
砂を被せる、なんて量はとうに超えて。これでは生き埋めのように見えるだろう。しかし、当然、そんなことにはなりはしない。
ゆっくりだが、灰は吸い込まれるように消え始め、走査する光が青白く、光ったかと思うと、
ゴォォォォォォッッッ!
うねるように全体が揺れた。すると、アーチの天井が、もっと上へと、遠くなった。
消えた灰。
発露した、埋もれていたモノ。
横たわったままだ。大きさも変化はない。だが、その木目の瞼が、微かに開いて、金色の少年を見ていた。
その瞳は、彫り物のそれのように、瞼や他の部分と同じ色をしていて。目としての機能を持っているかは定かではない。
「おはよう。眠りが足りたかな? 話が通じる位には成長できた位には?」
金色の少年はそう、この世界の中心に、ご機嫌に話しかけた。
ブゥオゥウウウウウウウウウウーー
荒れている。
そこは地下ではない。そこはパークではない。そこは推定世界樹の幼木の檻の中ではない。
渦巻いている。眼下に広がる雲海だけではない。気流が乱れ狂っている。
その領域に居る存在は僅か二体。されど、巨大な二体。浮かび上がった巨大な山のような、巨大な二体。睨み合っている。拮抗状態か?
あまりの気流の乱れに、雲が、割れた。
遥か、下。
中心の緑。辺縁の茶の籠。その周囲には広大な大地が広がっている。
雲が掻き回され、雲は、閉じた。
【†突進† ‡獅子舞乱舞‡ †連鎖牙突† †掴滅足爪†】【†蒼い針毛†】【<魔怪鳥(刺)>】
鳥である。
鳥というには、それはあまりに大きすぎる。翼竜サイズすら超えて。そのサイズは竜のそれだ。
空を飛ぶ者であるというのに、急降下ではなく、直進を攻撃の為の設計手段に選んでいる。
とても尖っている。生えている毛は、気流にも高速移動にも負けることないどころか、微動すらしない。きっと、恐ろしく硬い。それはきっと、体毛という名の針だ。
嘴は根元から折れたのか、もげたのか、退化しただとか最初から無いのか? ギザギザで、段々丘に、口の中に、環形に幾重にも生えている牙は、とても鳥類の口のそれには見えない。
それでも、一つの頭、二つの目、一対の翼と、一本の尾と、貧弱な二本の足とその先の三つ又の鍵爪。羅列してみても、それほど外れたものではないというのに、どうして、それがただの怪鳥ではなく、化け物に至ってしまっているように見えるのか。
決定的なものがある。そう。目である。その目は、ぐりっと、不気味にくりんくりんで、青紫色の瞳孔が開ききっていて、青の眼球は、赤く血管が浮き出る程に狂気染みている。不規則に動き、前をただじっと真っすぐ見ているなんてことなく。その動きは見えてるだけで不安を誘うかのよう。化け物な上に気狂い? 気狂い故に化け物?
針のような毛が血濡れではないあたり、まだまし、か?
迎え撃つは――
【龍属性】【<化身>】【<風神の落とし子>】【<魔力障壁>】【反射装甲(風鱗)】
二対の翼の、左翼両方が千切られ、流れ出した血が、風そのものに変換され、この乱気流を生み出して、その中心に居座るようにこの領域に滞空している存在。向かってくるあの異形をこの場に留めている存在。
二対の翼、ということからも分かるように、明らかに唯の竜とは一線を格する。だというのに、明らかに消耗している。
風の魔力が結晶化して体表を覆うように成立していた自慢の鱗は砕け、上下左右から生えていた碧玉色のうねった八本の角の全ては折れ、二つのふくよかな緑の睫毛で縁取られた内側には、もう何もない。
頭部の鱗は消え失せ、両頬は食い千切られて無く、口は、残存する蒼き針で縫い合わされたかのように、貫かれ、開きもしない。
ところどころ千切られて、裂けて、切れて、刺さっているその身体。魔力を物質化した高位な鱗で覆われたその美しさは見る影もない。
ブゥオオゥウウウウウウウンンンン! キィイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンーー!
いつまで続くのか? と思わせる、衝突からの衝撃波と衝突音。
それは、当然の如く、
ビキビキビキッ、ビキィィィィィィィイ! ぐちゅっ!
大怪鳥の勝利で締めくくられることとなった。
衝突と共に、障壁のように展開された、濃縮に濃縮を重ねていた鱗たちの、物質としてではなく、魔力として使える濃度までの拡散と、支配的な場の形成。硬度は上がり、衝突音の大きさは段々上がっていった。
しかし。
出涸らしである。既に全身の鱗のどれだけを失ったか? 一層ではない。鱗なのだ。多層である。それが、大部分が、鱗の下が剥き出しになったこの状態で。
自身を浮かばせ続けるにも多大な量の風を、魔力によって保ち、支えにせねばならない。
出力は、もはや、最初の衝突の時の十分の一も、あるのかどうか。
敵は退かぬのだ。
それどころか、益々力を強め。強め。強め。今更気づこうがもう遅い。その針のような体毛。それらは、中空。刺さった先にあるものを、吸い上げ続ける。そう。魔力を。濃厚で濃密な魔力を。
概念的に、刺す、割く、吸い上げる、という三つの力を持ったその針に。
防戦一方になった時点でもう、負けは決まっていたのだ。尻尾を巻いてでも逃げるべきだった。もう巻く尻尾すら残ってはいない。
串刺しになりながら、めりこまれながら、千切り喰らわれながら。
空の神の如く竜であったが、その竜は自身の終わりをようやく認めた。
後悔を遥か下、雲に覆われてしまったその先へと、両目を失ったそのなりで、眺める。
諦めれておればよかったのか、とでも、後悔しているかのよう。
シュゥウウウウウウウウ――
実体を失うかのように、霧散霧消してゆく。ただの魔力の塊に戻るのだ。そして――それすら許されない。大気に還れない。それらは、全て、その大怪鳥の全身に、吸い込まれてしまったから。
気流は止み、雲は散り、遥か地上が見える。
稀有な獲物が、無防備に棒立ちになっているのが見える。
あれなら、腹を満たして余りあるだろう。
人の身であれば、それはそんな風に嗤っただろうか? それとも、高鳴り声でも上げて、狂乱を全身で体現でもしただろうか?
どろどろと。青白いねばついた唾をいつの間にかぼとぼとと零しながら、それは姿勢を変えてゆく。羽を捩じり。頭を垂れ――
ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー
それは邪魔者の手から解き放たれた。
向かう先は、当然、下。




