デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 承来 闖入者たち Ⅱ
「おっと。それはダメだよ」
それは、制止。
【霊体掴みの籠手】【歪曲耐性】【‡撫で舞いの儀礼手刀‡ †斥力手刀†】
中央で横たわっているそれに、手を伸ばそうとした三柱の空間の乱れたちに向かって、金色の少年は割り込むように立ち塞がり、左手首先の軽く、十字を切るよりもゆっくりな手刀の動きに弾き返され吹き飛んだ。
尻餅をつくかのように着地した三柱は、顔も見えないが、互いを見渡し、きょとん、としているさまであるのは明らかで。
一際早く、立ち上がった一柱。
「てめぇが俺らの前に立ち塞がる邪魔者になったってぇことたぁ分かった。死にてぇようだな!」
声のノイズが消え、低く腹に響く擦れた声と共に、歪みの一つが消える。
ソレは姿を露わにした。
メキメキメキ、バキバキバキ! ゥゥオゥゥンンンンンン!
地に足下ろし、この一瞬で、枝を伸ばし、人間の体の尺度を飛び越えて十メートル級へと至ってみせる。枝々の先から、葉ではなく、頭が生える。
それは人の頭ではない。縦に黒く長い瞳孔。焔色に蠢く虹彩。琥珀色の眼球。一対の角、白い鱗に覆われた、ドラゴンのそれだった。それがたくさん。ドラゴンの頭を葉や実のように数多つけた、そんな龍頭樹であった。
一際大きく、軋むような音と共に、一回り、大きくなった。十数メートル級。
「天廻っ!」
「忘れたのか! 天廻っ」
咎めるような。制止しようとするかのような。しかし、声のノイズも輪郭の歪みも解いていないままの、歪みと人間の大人のような大きさとシルエットを保ったままの二柱。
「「「「「「「「「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――っ!」」」」」」」」」」
【†轟撃波†】【†声撃多段打†】【†固定砲台†】【†無差別放射†】
金色の少年は、×字にクロスさえた両手を自身の顔の前に盾として晒し、踏ん張った。僅か数センチしか、押し込まれなかった。その口元は、悦を含んだ笑みを浮かべていた。黄土色の襤褸布が裂け、ところどころ、肌が露わになる。とこどころ、受けた攻撃によるダメージか、炸裂したような肉割れのような傷が、確かに存在したが、次の瞬間には消えていた。
「てめぇら黙ってろ! こいつ、いつの間にか俺らごと移動させてやがる。弾き飛ばして尻餅つかせたのは意識を向けさせねぇ為だ! 俺らの知覚を抜けたってことだ! 障壁まで貼ってやがる! もう、あの新しき同胞の気配は何処にあるのかすら分からん!」
怒号は既に離れてしまった中央には届かない。それどころか。天井も、周囲の光景も変化してしまっていて、それが変化なのか偽装なのか遠距離移動させられた結果なのかもはっきりしなくなってくる。
ただの地面と湿っぽさと、薄暗さと、三柱。そして、金色の少年の輝きだけで照らされた、逃げ場も隠れる先も無い、無限に開けた空間。
何せ、飛ばされた咆哮の、返ってくる筈の反響が無いのだから。
それでも――それら三柱を分断すらしなかったのは、一体どういうことなのだろう?
「ガキィィ! 次の再臨が為に俺らは来た! 分かるよなぁ! 今すぐそれ解けや!」
「それが人にモノを頼む態度かい?」
金色の少年は、そう、見下すように嗤う。
「じゃあ、くたばれぇえええええええええええええええ」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――っ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
【連波鞭】【†咆哮弾(多連)†】【‡途切れず折り重なる咆哮連鎖‡】【無属性(波動)】【半物質化高濃度魔力】【斥力波】
数多の頭部の瞳たちが、金色の少年を鋭く睨み――折り重なる。降り注ぐ。咆哮。咆哮。咆哮! 咆哮っ!
ぶつかる。ぶつかるぶつかるぶつかるぶつかる。次々に迫ってくる咆哮の衝突。
ガードすらしない。踏ん張りすらしない。その肌は、炸裂するように裂けて、血を飛び散らしつつも、何事もなかったかのように、瞬くよりもずっと短い間に元通りになって、また、傷つく。
黄土色の襤褸布は再生しないらしく、襤褸布どころか、擦り切れた端切れのように成り果てて、地面に落ちた。
その余波は凄まじく、金色の少年に当たって散ったそれらは、収束を失い、竜巻のように吹き荒れて、後続の咆哮の斥力によって、遠く遠く遠く、飛んでいって、消えてゆく。
いつの間にか、
「キミ一人じゃあ相手にすらならないよ。テンカイ、といったかな? 灰にするつもりだったけど、先に弁償して貰おうかな。一張羅だったんだよ」
その場には金色の少年と、根を張った台風の目のような、その惨状の発生源のみ。
「「「「「「消えっ!」」」」」」
反応できたのは、直前まで金色の少年の正面側にあった顔のみ。
つまり、意味がない。つまり、手遅れ。完全に、視線を切らしたのと同様。
何せ、それは動けないのだ。回避なんてものはない。無論逃避も。地面に根を張った。枝や君を曲げることはできようが、張った根ごと、地面から抜け出して、なんてことはすぐにはできはしない。
「下、だよ。見下ろしてご覧よ」
ブゥオオオオオオオオオオオオオオオオ
煌めく炎のような音と共に。金色の少年の右手は、焔色に輝いている。
それは、物理的な炎ではない。それは、炎の煌びやかさと力強さを強調するかのような概念、そういう形の魔力である。
「必要なのはガワだけ。樹皮って鞣せるんだったっけ? 鞣し液の原料にはなるのは確かだけど。まっ、アタマの皮使えばいいか。数だけは馬鹿みたいにあるし。」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「や、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「やめない。大きな栗の木の下で~ あぁ、知らない、か」
すっ、メリッ! ボゥッ、
【内燃強制 灰燼の記憶 立ち枯れの記憶 魔力注射 終幕強制(荼毘)】【‡概念掴み†】
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
炎上が始まった。
それは、歪み、軋みながら、燃えてゆく。その炎は、金色の少年を焼くことはない。そして、燃やされ始めた存在はもう、金色の少年に反撃することすら叶わない。その意思は既に燃え尽き、数多の口からの絶叫は、終わった存在としての断末魔でしかない。攻撃のための声になり得ない、ただの声に過ぎない。
鷲掴んだ幹の断片を砕き握って、金色の少年は自身の口に放り込む。
「不味ぅ……。やっぱり要らないや」
金色の少年は、その場から離れていった。後ろのそれにはもう微塵の関心も無かった。




