デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 継承 根城を薪に換えてでも Ⅵ
開けた場所。
立方体にくり抜かれた空間。
大きな魔法陣。残存魔力が色濃く残る。残存、というには残りすぎている。注入済魔力というべきか。魔法陣の規模からして、凡そ、発動が為の6割、といったところか。
そんなことよりも――
コツッ、コツッ、コツッ、にぃぃ。
「遅かったねぇ」
毛並みの良い、高く、無邪気な幼い男の子の声。真っすぐでおかっぱな黄金色の髪。そのにやつき顔は、無邪気さとは程遠く。
悪く、悪く、悪く――目論む者の顔をしていた。
あり得る――とは思っていた。
それでも――こうやって出てこられれば、抑えきれる筈もなし。
「貴様ぁああああああああ!」
少年は一切の躊躇なく、斬りかかった。
今回の事件。糸を引く者。
私と彼女を何やらの鍵として利用するだけ、で終始する話ではなかった、ということだ。
斬撃の余波が、すり下ろされるような音と共に、散らされてゆく。
歪み。
空間への作用。
剣を振るう手ごと、巻き取られるかのように捩じり引き込まれるのを、剣と鎧を消して回避しつつ、全身から炸裂させるように放った光の魔力の爆発で、強引に、脱出と、距離稼ぎを同時に為し、息を置く間もなく、後ろを、上を向くことなく、響かせるように叫んだ。
「来るなぁああああああああああああああ!」
「お節介焼くねぇ……。意味ないけどさ。彼らはもう煙に巻かれた後だし。にしても……、痛いなぁ……。攻撃性能も無い、ただの音なのに」
耳がきぃぃんとなったらしい。人外らしくなく。黒幕らしくなく。
「じゃあ、こういうのを、攻撃的な音とでも言うのか?」
【雷鳴剣】
ここは地下。外からは呼べない。故に。自身から発生させた分でだけの。それでも。過剰な程に強力である。
「殺意の音がするねぇ。ほうら。ガキがよく言うやつだよ。殺す、ってやつ。本人は真剣なのに、周りから見たら、お可愛いことで、と鼻で笑われるやつ」
「ほざけ」
初撃よりも遥かに速い、瞬く間すらない程の斬撃は、薄皮一枚。結界でも。オーラでもない。ツゥゥ、と割いて、薄く血が幕のように流れて、すぐ止まっただけ。
起こりえる筈の、電撃、血肉に触れて急沸させてやるかのような、爆発に似て非なる破壊。黒焦げの結末。そのぞどれもが、形にならない。
それ以上食い下がることなく、剣を引き、素早く数歩分の距離をとった。
「見掛け倒しだね。自然の雷をもっと巧く使うことだね。空の下じゃないと使えないなんて、片手落ちどころじゃあないよ? 動揺すらしないのは評価できるけどね。無駄な追撃しようとしないのもね。でも、ご自慢の勘は死んでいるね。無理もない。ほら」
フオッ!
空を切った平手打ち。
当たりもしない距離があり、魔法での延伸や不可視の本命の攻撃の牙なんて無かった筈なのに――腹が、裂けそうなほど、痛い……!
思わず、一瞬目線を切ってしまった。
切れていない。裂けていない。遠当ての類の打撃でもない。血がにじんでもいない。赤く腫れてすらいないだろう。これはきっと、幻痛……。
顎……が……。
世界が……歪んだ……。
「ご……ぐ……」
下から突き上げるような、掌底。
舌も噛んで……。揺れる揺れる揺れる世界。歪む視界。
もう……碌に見えない。ぐにゃぐにゃだ……。
立って、すら。いられない……。
【ライト・ニードル】
今できる、最後の一手。
完全な不意打ちの筈だった。目での直視を経ない、指先での放出挙動を挟まない、体のどこからでも、単発でしかできないが、放てるようにした虎の子。
が……。砕ける音も、貫く音もない。
避けられたか。消されたか。
……。
こいつは、敵であって……。敵でない……。
正しく……黒……幕……。
「十分だろう? 耳だけで。生まれ落ちる際も。知っているかい? 水際の際も。最初にできて。最後に閉じる。耳はそういうものなんだよ」
「君は眠る」
「彼らは到達できない」
「だから、安心して。ゆっくり眠るといい」
「気づいていないんだろう? とうとう、日を跨いだよ。ただですら一日の長いここで。眠ることもなく」
「結界の内と外。ずれるものだよ。時間なんて」
「結界の内の結界。なら、どれだけずれるかなぁ?」
「次に目を覚ましたら――君だけかなぁ? 君の愛しのあの子は存在しているかなぁ?」
「よし。反応する余力ももう無いね。それでも、耳は塞がらない。生半可に強いからそうなるんだよ。力あるなら、ちゃんと突き抜けないといけないよ? いつだって」
「まあ、御察しの通り、僕も黒幕ではあるよ。も? も、は、も、だよ。ここまでしたのも、僕のせいじゃあない。あの子のせいさ。あの子? あの子といえばあの子だよ? 一人かもしれないねぇ。複数いるかもしれないねぇ。ま、君次第さ」
「まあしかし、悪いとも思っているよ。塩一つまみくらい。しょっぱく。申し訳なく。だからこうやって、テコ入れしてあげるのさ」
「君も分かって、甘えただろう?」
「そんな君であるのに。時間感覚の狂いにも。この檻の法則も。気づけないなんてあり得るのかい? 自分という最も使い慣れた物を、君程の者が持てあますなんてあり得るのかい? 元より、精神の類への干渉には滅法強い君がさ。そんなで、何とかできるのかい? 怖い子だよ。あの子は」
「そろ……ろ……ね。臨……体……に……な……。……ふ、お…………み…―」
第二章 第四節 奇運奇縁の帳 一日目 FINISH
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