デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 継承 根城を薪に換えてでも Ⅳ
仄暗い、灰色煉瓦の遺跡の通路を、浮遊し、先導す、緑に煌めく光の珠。
それは、少年の魔法によるものではない。
「まだまだ深いです――ずっとずっと遠く。まだまだ、下、です!」
美しく、透き通るような声ではあるが、そこには不安と焦燥感が色濃く混じっている。そして、それらより先に来るのは――責任感、か?
翅の生えた、小さくて、真っ赤な、小人。赤子よりも小さい。掌の上に立つのが可能な程小さく、実に映える。美しい人形のような。けれど、明らかに生きている。ナマモノだ。妖精、というべきか。美形の類の、人間が好む理想に近いタイプの妖精だった。肌の色と昆虫っぽい翅以外、化け物っぽい要素は無い。
今は少年たちよりも後方で、依然逃げ腰な他の者たちを、ケツを蹴るように、上手いこと誘導する役目を負う、あの細長い男のお相手がこの彼女であるらしい。
他の奴らを、この二人が誘って連れてきた。
そういうことだったらしい。
しかし――まさかもまさかだ。
『隠れる、つもりなんてありませんでした……。だって、分かり切ってるじゃあありませんか! 囲まれてしまっているんですよ……。このパーク丸ごと……。だから、何とかみんなを説得しました。儀式魔法。作りかけの陣。呑まれていないなら、まだ残っている筈です……。跳ぶんです。外じゃあなくて。内へ。囲いの中心へ。発生源がそこにはあるだろうから。囲い。檻。そのように見えて、実は、結界。どうして多分、誰も外に出れていないのか。なぜそう確信できたのか。そういう種類の誘導の付与された結界。……。それでも確証は持てませんでした。だから、動き始めるのが遅れてしまい……。あのざまでした……。ですけど、ライトさんのお陰で。一か八かの逃げなんてものより、ずっと確実な手段が取れます! 送り届けてみせます! ライトさんが拓いた道。その先へ。ライトさんなら、きっと――アレを倒してしまえるかもしれないんですから!』
外へ。逃げるために、儀式を以って、大魔法を為す。現実的な考えだ。彼らだけの力で逃げ切るつもりであったのならば。パニックにもならず、よく纏め上げて、やろうとできたものだ。
まあ、彼女が合流してくる気配も無い今の状況で、私が一直線に、あの大穴の先へ行くのは、容易くは無かっただろう。
攻撃は飛ばせる。物はどこまでも遠くまで投擲できる。それでも、自身の身は、この足で、運ぶ他、ない。
霊薬もエリクサーも。手持ちの大半を供することとなったが、別に、彼らが私を送り出した後に、再度の儀式、大魔法での転移による脱出に成功してくれたっていいのだ。
青藍のそれとは違うアプローチ。並外れた者や稀有な者であれば、単独でも自在に行使可能な、転移。それを、わざわざ、複数人での儀式という形式をとる。その意味は、対、阻害。
単独で転移可能でありつつも、生物や非生物といった他を伴っての転移になれば、途端に不発の確率が上がることが知られている。
そう。対、阻害。故に。その式を知る者は極めて少ない。
私の意図を察してか、礼に、と渡された。それは、自分たちが結局、逃げることに対する後ろめたさや、変に私から怒りを買うことを避けるための保身の意味合いも見てとれた。
それでもいい。
ただの莫迦や無法者何かより、ずっと信を置ける。
「アレの意思の根源は太陽の光、です。ですから、葉から離れれば離れるほど、意思は薄弱。光も魔力も届かない、届きにくい場所では、活性が著しく落ちます。……。最初はそうでした……」
もう何度目か分からない、曲がり角。三叉路。通路の先から。枝分かれした根の先端による重い一撃。二撃。
がしん。がしん。
右手甲だけ展開した鎧で、流すように弾き、軌道が変わったところを、左手で抜いたただの剣で、ぶらすように震わせた斬撃挙動で、粉微塵に砕いた。
細かく砕いてやれば――その妖精の身に、魔力は自然と流れ、吸収されてゆく。
これの効果。高揚感。私にだけ、そう作用する訳ではないということだ。
「厄介なものだよな。これではまるで、成長を超えて、進化だ」
「そんなこと言いながら、ライトさんはまだまだ余裕ありそうですけどね」
また、下り階段。
一度たりとも行き止まりを引いていない。
彼女だけの力か? 後ろの彼との共同作業か? だとするなら。彼も彼女も。恐ろしく器用だな。ならば。先へもついて来てほしいところではあるが。
……。彼女だけ、私のそばにつけて、自身は後ろへ退いたのも、考えあってか? 熱に呑まれないように。
「おっと、待て!」
少年は掌を、前へ、弧を描くように、進行を塞ぐ。
ぶち当たることもなく、空中で、難なく止まって、振り返る。
少年はただ、右を指さした。
そこは、下り階段。その途中。
謝りも、言い訳もせず、ただ少年は、実行した。
自身の右の壁面を、蹴り抜いた。
砕け散ったそれの先。先ほど進もうとしたのとは別の下り階段が見える。
「貴方たちの仕込みは敵から見ても、通されたら不味い、と思わせる程のものだったのだろう。だから。魔力ではなく、視界で捉えなければ気づかないように、こんな風に綿密に、順路を塞いだのだろうな」




