始まりの園 辺境 逆巻く彼方の陽影の城 Ⅴ
少年の後ろに仁王立ちし、男は、オレンジ掛かった電球色の光を放っている。
「どうだ? よぉく見えるだろう?」
「……。下水道、ですね……。それも、思っていたより、随分、広い……。こんなところ、私に前を歩かせてどうするつもりだったんですか……。迷子になるの目に見えてるではないですか……」
「そのときは適当に上へ進めばいいのさ。ここはさっきまでいたところの地下だからな」
そう言われ、よぉく見てみると、確かに、周囲の壁や地面の露出している部分には確かに色がついている。光の色が重なって地色が分かりにくいが、つぃかにそれは、地上と同じような、黒を基調に、白を部分的に散発的に含んだ、闇色の煉瓦で作られていた。
真っすぐ立っているが、天井まで手をのばしても届かないくらい高い。おおよそ正方形形をした、比較的ひ開けた場所であるここの広さは、壁面に沿って歩いたなら端から端まで行くのに数十秒は掛かる程度の広さ。
そして、四方の壁に、たくさんの通路の入口が大きく口をあけている。迷路のように入り組んでいること間違いないだろう。
「まあ、そう言うのなら。……。離れないでくださいね……。冗談でもやめてください……」
と少年は疲れ気味に男に言うと、のそのそと前へ向けて歩き出した。
ペチャッペチャッペチャッペチャッ
ペチャッペチャッペチャッペチャッ
「鼻は慣れてきたんですが、これ……本当に大丈夫なんですか……?」
「何がだ?」
「わざわざ入り組ませてるってことは、この場所の構造には意図があるってことじゃあないですか」
「気にし過ぎだ」
「それはないでしょう……。貴方が言う、上へ続く道なんて、もうだいぶ歩いてますが、いっこも見当たらないんですが……」
「あぁ。そういう風にできてるからな」
「そんなだから、罠でも何か仕掛けられてるんじゃないかって、思わざるを得ないのですよ……。例えば、臭いだけじゃあない有毒なガスだったり、色も臭いも無い遅効性の麻痺ガスだったり」
「唯の下水道だぞ? 管理者の意思は働いているが、それはとって殺そうという類のもんじゃあ無い。通す相手、通さない相手を選ぶってだけだ」
「あの塔の黒騎士みたいな、ですか?」
「そういうんじゃ無い。ここはそいつの住居兼仕事場、ってだけのことだ」
「……?」
「俺らが会いに行こうとしてるのはそいつ。こんなとこに住んでるのは、変わり者とかじゃあなくて、そいつの仕事の関係上、作業場として問題ない場所はここしか無かったってことだ。ま、心配すんなって。しっかりした奴だ。ヘマする奴でもないし、意地悪でもない。杓子定規な真面目な奴だ。だから、悪意を持ってここに来た訳でもない俺らが被害に遭うなんてことはまず無ぇ。……。汚れにはむちょん着なんだよ奴は……。こんなとこに長年住んでるから……」
てきとーに右へ左へ。ぐるぐるしようが、堂々巡るにならないようにだが、むやみやたらに進もうが、男は何も少年に口出しすることなく、不安になった少年が時折足を止めるたびに、後ろからつっついて進むように催促することを繰り返してやがて――
「着いたな」
目の前には、通路の進行方向の面一杯一杯な大きさの、圧迫的な見掛けの、赤黒い塗装の、重々しそうな四角い金属扉が見える。取っ手は無く、二枚扉でもない。それでもそれが扉、と判断したのは、
「……。私に前歩かせたのってもしかして……」
「俺以外だったらどうなるかって、見てみたかったんだよ」
扉に刻まれている文字を見ながら、男の口角は上がり、少年の口角は下がる。
【君の力が見たい。どうだろうか? そこにある剣で、この扉を切り開いてはくれまいだろうか? ↓】
降ろした目線の先。ヘドロに塗れた、汚れていて触りたくない以外何の変哲も無いロングソードが。
「俺んときと扉自体は同じモノだが、こりゃあ酷いな」
少年は観念するように溜め息を吐いて、左手でそれを手に取り、握り、持ち上げる。怒りが篭っているのか、取っ手から軋むような音が鳴る。
そして、
「莫迦らしい……。こんなハリボテ、試金石にもならない……」
撫で切り未満。踏み込みすら無い。腰を全く入れていない。ただ、右上から左斜めへ、ゆっくりと、振り下ろしただけ。
そして、右足をあげ、押すように、扉下方を蹴り抜いた。
ゴォォオォオンンンンンゥウウウウウウウ――ガランッ、ガランガラン!
「何ポカンとしてるんですか? 師匠。こんなの見りゃ分かるでしょう? 彫られている文字と、めくれた金属屑から明らかでしょう?」
と、少年は、訳がわからない、という顔をしている男を置いて、白い光が漏れてくる、三角に右側丸々欠損した扉の先へと進んでいったのだった、




