デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 継承 根城を薪に換えてでも Ⅲ
技術ではある。しかし、業とは呼べぬ。力技だから。
剣、瞬狼の気配が、完全に途切れたのを感じた。滅びやしていない。気を失ったのだ。だから、変わらずパスは繋がっている。途絶していない。尤も、この状態では喚んでも、応じることは不可能であると流石に分かる。
(八割の握り。一瞬とはいえ。よく耐えてくれた……。しかし。お前でも駄目か。 『お前の全力に耐えうる剣は無いものと思え。たとえ魔法の武具であろうともそれに変わりはないだろう』 言われた通りになっているな…….。しかし、こんなもの……、試す訳にもいかなかった……)
「っ! 不意打ちには少し遅かったな!」
腰から抜いた、半ば刀身の溶けたままの剣で、切…―受け流した。
掌の内に、冷や汗が出る。
もう少し反応が遅れていたならば、機転を利かしての転換の暇すら無く、剣は表皮で弾かれ、崩されていたぞ、と。
指先での弾きだったのだ。
受け流したことによって、その指が隣の指に当たり、ぶつかった同士が砕けた。そうやって、その手は、当初想定したであろう残り四本を使っての連続攻撃を為せず、退いてゆく。
そうすれば――もう片方の手が来る、か!
孔にまで、指突っ込まれて、ほじくり出されては溜まらんな!
ジリリッ!
光を纏う。それは片っ端から雷に変換されていく。
遥か上空。空が不意に曇り始める。少年の力によって。
魔力は欠乏しても、今日は倒れんのだから。使えばおつりがくる。
何せ。樹が火を恐れる理由。そして。それの発生理由の一つ。
そう。雷鳴りさ。
慣れるなんてことはあり得ない。根源的な恐怖なのだから。
ジリリリリリ、バリリリリ、ビュゥウウウウ――
緩やかな放物線の上昇のように、撃ちあがってゆきそうな何かは、昇りきる前に形を崩し、消える。
先ほどのあれの再現。
いつでも何度でもできるぞ、と言わんばかりに。
得意げな顔をしつつも。苛立ちを前面に出して。
そして――わざわざ、声に出して、
「ライトニング・ボ…―」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおお――」
若い男の声。苦労を知らない、ドスの効いていない声だ。
【滅柩】
「ちっ!」
少年は不可視のそれを感じ取り、即座に、それの発生地点の直下。自身があけた穴へと。落下を始めていた。
あの声の主の魔法。それが結実す。
ゴォォ、グゥオオオンンンンンン!
風が啼き、結果が齎される。
透明? いや? 僅かに色づいている。揺らいでいる。緑色半透明。立方体の結界だ。
孔への蓋のつもりか? 私の魔法が成立していた際の、余波から身を守るための一手だったのか?
見ただけで分かる。
これはこれは質が高い。
推定世界樹の幼木の端末の魔力濃度からくる硬度をゆうに超えている。
今の自分でも業と魔法と魔法の剣の性能を動員して集中した上で、斬れるかどうかギリギリか?
おまけに、見えにくく、感知しにくい。起こりを察知したから、そこにあると分かって、認識できているだけだ。
スタッ!
確かにこれなら、生き延びられる。しかし、同時に。これだけでは、抵抗は叶わない。隠れているほかない、か。
「君だけか?」
少年は、目の前に待ち構えていた、及び腰で、怯えと苛立ちを纏う存在へ、そう声を掛けた。
「仕方ないだろう! 僕以外、全員、意思を奪われた! だから、蓋をしたんだ! やれるだけのことはやったさ! 息を潜めて、助けを待つ! それすらももう宛にはできないって何となく分かって、怖くて怖くて、でも、捨てていくことなんてできない! そもそも、逃げ切れるとも思えない! 僕はできる限りのことをやった! 君みたいに化け物じゃないのに、よくやったんだ!」
そう、やたらと言い訳染みて長々しい啖呵を切って、震える足と共に、痩せたそのやわな男の輪郭を少年は認識した。
(怯えながらも、できる限りのことを、無駄になるかもしれないと思いつつ、気概を持ってやれる者がどれだけ稀有か、たとえそれが仕方なしで逃げ腰であろうが、な。君を褒め称えてやりたいが。それは事を終えた後にするとしよう。言い分からして、共連れは複数人。闘技場で共闘した彼らのようなものだろう。カップルと言いつつ、グループで来園したとか、な)
やけに縦長な顔に、枝のように細い――胴。人間のパーツだ。しかし、歪。ああ。人外寄りだ。その重心で、立っていられる筈がない。魔法、概念の生物に寄っている。
緑の、とんがった鍔付き帽子はぶ厚く、そして古びている。着ている服は、緑の布地を、着ているというよりは棒に巻いた糸の束のように見える。
上で糸で釣って立っているかのよう。
デカいが人間の範疇である自分より、それの背はデカい筈の自分よりも、二回りは高かった。
縦に引き延ばした、縮尺と服装のおかしな人間と、魔法、概念の生物との合いの子といった風である。
「なら、ここから反撃といこうじゃあないか。時間切れまで座して待つなんて、もうする必要はない。まずは、君の守ってきたそいつらに霊験あらたかなこいつをぶち込もうじゃあないか」
と、少年は、その男に、懐から取り出したものを手渡した。




