デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 承 根の根城 Ⅳ
大きく息を吸って。
「隠れていないで出てきてくれぇぇ! 協力を仰ぎたいっっっ!」
縦横無尽に反芻する。
声を出したこちらにも、何重にも、ズレたタイミングで襲い掛かるようにかえってくる。
思わず耳を塞ぎたくなったくらい。無論堪えた。
だが、気配が揺らいだのを感じられた。私の声という名の轟音による不快感によるものだ。
数は両手に収まる程度。
最大それだけ、意識、反応、ができる存在が、いる、かもしれないということ。
しかし。
思っていたよりも多い。気配の分布は散っている。一団として纏まって存在しているという距離感ではない。
意図しての雌伏か? 仕方なくそうするしかなかったのか? それとも、敵の手に落ちる寸前だった?
「動けるならばぁあああ! 隠れていないで出てきてくれぇぇ! 協力を仰ぎたいっっっ!」
しぃぃんとしている。自分のくそでかい声だけが反芻する。波打って、多段的に押し寄せてくる。
垣間見た俯瞰の遠景とも併せて。
ただの昇り階段と下り階段だけではなく、横穴の類など、もっと複雑な構造箇所も複数存在しているのは明らかだ。
元より、隠れ忍ぶ場所はたくさんあった、ということだ。
「なら。今回の事態について、こちらの持っている情報を晒す! それを聞いて、私と同じく危機感を抱いたなら、どうか、手を貸して欲しいっっっ! そうやって、息を潜めているだけでは詰むという予感がきっと、確信に変わるだろう。横たわっているだけなら、やがて横たえることとなる。外からの助けは期待できんのだから! こいつは推定、世界樹の幼木。最悪、世界蛇の幼体。ほぼほぼ前者ではあるが、後者の性質を考えると、擬態の可能性は拭えん!」
振り向きさえせず、少年は、感知し、対処した。
後ろから向かってきていた今度は剣や槍や大楯といった様々な武装をした樹木の尖兵たちを、少年は業さえ使わず、ただの剣の、ただの剣捌きだけで、十把一絡げに残骸に変えてみせた。
明らかな片手間でそれだけやってみせて。息の一つすらあがらない。
ちょっと演説もやってのけた。
そもそも、このえぐいほどの得体。なり。どう転んだって、ガキには見えやしない。
第一印象が味方する。
実際の強さの証明の手順も順序も雑なものであろうが、その第一印象が、身を委ねるにはあまりに強すぎる。
(らしくない……。下手打ったか……? 頼れる程度の力は見せたつもりだが、雑も雑……。積み上げていない……。だが、想像以上に漂う反応、空気は悪くない。果たして――)
うねり、迸り、広がるように、樹海が――再臨――
(させるか! 今がリソースの切りどころだ)
「打ち砕けぇええええええ! 【ライトニング・ボルト】」
あの日を再現するような、宙へすら届く支配。一瞬での曇天の再現。本来、足り得なかったが、敵によって実体化を終えつつあった樹海。故に不必要に存在した、雲の材料。
拠って。慟哭のような感情に溢れた叫びを以って、条件は揃い、その魔法の本来の威力が期せずして、形となった。
白い光が、一体を包む。音も無き、漂白の奔流が巻き起こった。
それは――界を滅ぼす、神域の一撃。邪悪なる広がりゆく樹触の界。それだけを――芥塵へと変えてみせた。
「と――いうことだ! 今のも見ただろう! 敵はこのパークの骨子である世界樹そのもの! 暴走か誰かの仕込みであるかすら分からない! だが、パークの係員たちは殆どがやられた後だ! 客も、入口に群がって、それでも、世界樹が張った結界を破れず、外に出れない! おまけに、放出した魔力は悉く、徴収される。気力や精神力も徐々に奪われている! 例外は、敵の端末自体が、上手くすれば、魔力のたんまり溜まった貯金箱であるっていうこと位だ。なぜかそんな穴がある。理由は明らかだ。逆らう奴があまりに少ないのだ。矢面に立ってまともに歯向かえ続けているのは、おそらく、私くらいだ。しかし。やれるのだ! やれる! 敵は幸いにして、未熟だ。 耳を疑うかもしれない? しかし、最初に言ったことと矛盾はしていない。幼木か幼体。ならば。成ってしまう前の今だけが、我々に与えられた猶予そのものだ!」
魔力は尽きた。出し切るような心持ちでやってはみせたが、それ以上に、絞り、捻り、出た。それでも何故か、意識はしっかりしている。身体も動く。
だが――気配の察知ができなくなった。
ひそやかに、掌の中に、剣の柄だけを喚んでみたし、もう片方の掌の内に鎧の籠手の内側部分だけを喚んでみて、強く握って、吸わせてもらったが、それでも、足りない。
限界を超えて絞り出したかのように、足りない。足りない。足りないっ!
つい、剣の柄の方を全力で握ってしまった。ほんの一瞬だが。
刀身がげんなりと、ふにゃる、という奇妙な幻視。
いや……。きっと、そうなっている。
これで、剣も喚べなくなった。
あまりに莫迦げた威力だったとはいえ――先ほどの、想定もしていなかった威力の一撃の余波は、まだ、周囲に残っている。光が漂っている。それは、あの光魔のカタチをしていた。
恐らく、大丈夫だ。敵は一時的か、完全にかは分からないが、一旦は完全に退いた。影響は及ぼせない、この領域に。
少なくとも、これら残滓が消えるまでは。
確信の角度が弱い。こんなものすらも、魔力の下支えあってのものだったというのか。
あの魔法を放った前よりも、ひどくぼやけてはっきりしないが。多分そうだ。
そうでないと、困る。
暫くの間は、迎撃手段はない。
かといって、鎧の残存魔力は、最後の頼りだ。
剣とは違う。握るものではない。籠手の内側部分以外。剣ですらあれだ。それに、緊急回避としての役割も担っている。
――これだけの光の奔流。
彼女は間違いなく感じ取った筈。
他ももちろん。
察知するかどうか、とかではなく、目撃する、といった程度の低い敷居。
垣間見ただけでも。
見た者は思った筈だ。抗う存在が確かにいるのだということを。
希望の光となれれば――
何せ。魔法使いばかりのここなのだから。
奇跡は学園程とはいわずとも、ただの場よりも幾分起こりやすい。起こせやすい。
できる。そう思えることこそが、反撃の狼煙と成る。
そう。
悪くはない。
悪くはないのだ。
事態は思いがけず、好転した――のかもしれない。
心無しか、光に乗って、声までより、遠くまで届いているような気がする。気が……するだけだ……。それでも、そういうのが大事なのだ。
「貴方たちの一部は恐らく耐性を持っているだろう! だから、引き籠るという選択肢をとれている! 相方が動けないほど衰弱しているという可能性も無きにしも非ずだが! 推定世界樹の幼木の力は強まり続けている。その身を切り分けた尖兵をこうやって、頻繁に向けられているのが私だけかもわからん! 入口の方がどうしようもないような騒ぎになっていないことからも明らかなように、未だ何とかなっているのだろう! だがそれもいつまで続くか分からん! 尖兵共がただの肉体強化の延長以外で魔法を使い始めるか、もしくは、集団行動をとり始めたらいよいよ危険水域だろう! そうなればいよいよ――全員養分にされるぞ!」
もうそうするしかないからと、妄信して、猛進する。
届いてはいるが、伝わってはいないかもしれない演説。声を張り上げて、最低限このアトラクション、願わくば周辺エリアにまで。
できる限り、立ち上がる者が出てくれるよう、願って。
よりにもよって。孤軍奮闘するには、今日はあまりに日が悪すぎたと気づいたから。
もう、無理も承知で、押し通る。言ったかも言ってないかも分からない彼女の言を、無理やり根拠と言って、押し切る。
何をやっているか。何を言っているか。
もう、だいぶ、ぼろぼろだ。
魔力の欠乏というのは、何も、代表的な症状の一つである意識障害からは逃れられようとも、それ以外にも、数多。自身の性能を下げるものなのだ。
思索が、崩れてゆく。論理から、骨が抜け落ちてゆく。
残るのは、勢いだけだ。
気づけば、振るっている声は、蟷螂の斧……。
「待っていても誰も助けてはくれん! 私と私の恋人は、かの【始まりの園】の所属だ! 恋人は、学園長の自弟子かつ、唯一の弟子だ! それが根拠だ! 彼女が、学園からの助けは期待できないと、言い切った! 外からの助けは期待できんと見ていい! どうなんだ! いい加減、誰か、返事をし…―」
「後ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
遠くから大音量で聞こえてきた、女の声。
ばちり。
脳汁が迸る。
何処の誰かも知らないが、通じた! ということだ!
感覚という計器が乱れに乱れている! あの階段の迷宮の何処かに隠れ潜み、こちらを見ている誰かの声、か? それかそれよりもずっと遠く? パークのほかの何処か、か?
分からん。だが、助かる。気配察知の勘が不能になってしまった今には本当に。
……ん? 信じて、いい、のか……?
私が尖兵共を容易く残骸に変えているのをこれまで見ていたのに、ここにきて、声をあげた? 信じるに値する……? しない……? 際どい……。実に際どい……。
つまりいよいよ――
(今回、積み上げてきたことが間違っていなかったか、試される!)
跳んで、避けた。避けれてしまった! 成し遂げられてしまった! あたりだ! あたり! 大当たりだ! 欲しくて欲しくて溜まらない成果が! 芽吹いた!
(あぁ。蕩けるようだ! あの日を思い出す! 嘗ての仲間。初めてまともに率いて、率いさせてもらえたといえた、違法賭場への立ち入り調査からの大立ち回り。大成功だった。あのとき、初めて、悪くないかもしれない、と思った。……。あれは過去だ! 今ではない! が! 外れではないらしい。私の命運は未だ尽きていないということだ! やってやるさ! 未だ! 未だ! 私は、ここに在る!)
「少女よ! 来い! 私は此処だ! 皆もほら! 立てぇええええ! 私と共にぃいいいいい!」
丸太のような、されど、斬撃の為の面のある、ただただ巨大な、剣、いいや、丸太が巨大な剣の形に成ったもの、だった。誰かが握っている訳ではない。飛んできた、という感じだ。
その腹を蹴って、破壊または、阻害を試みようとも、無理そうではある。
何せ――炎をあげて赤熱している。
これも恐らく、魔法、だ。
小細工を弄してきたのだ。魔力による、駆動に加えて、特殊効果。
切っ先がこちらに向いている何て些細なことだ。この質量。こちらの身を切れる切れない関わらず、その質量には敵わない。触れれば、焼きついて、そのまま重さでズドン、か。
このままならば、な。
(利用してやろうではないかああああああああ!)
鎧を、喚んだ。少年の全身を、鎧が包み込んだ。
握り、引き抜いて、掲げてみせた! 巨躯といえる自身よりも巨大な、燃え盛る丸太のような幹を!
「今こそ立つのだぁあああああああ!」
上振れる! 遠見が始まる!
上空で、轟くような声で、叫んだ!
「いる! いるぞ! いたぁあああ! いたぞぉおおおおお! アレが! アレが! 敵の中心だぁあああああああ!」
誇張である。見えはした。確かに。だが、ひどくぼやけていた。それに、一瞬よりも身近な、僅かな僅かな間隙であった。
それでも。決め打つにはもう、十分も十分だった!
(追いかけっこも、隠れんぼもこれにて、終いだ。決戦というやつを、その身に刻み付けてやる!)
地面を砕く勢いで跳躍し、遺跡領域の上空まで飛び上がりきって、無茶も無茶で、鎧の手の甲内側と共に、灼け焦げる掌で、握り掴んでいたそれを! 槍の如く、投擲した!
狙いは!
世界樹! その幹! その根元! 株分け。作為でも。偶然でも。それが起こるとしたら、大樹の根の辺縁。そここそが、最も確からしい!




