デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 承 根の根城 Ⅲ
無尽蔵な体力を活かし、敵の力の中心から離れつつ、敵の巨大が過ぎる掌から脱出しようと、時折魔法の剣を一瞬だけ出して斬撃かまして、再度消すだけの、足を止めない戦闘を続け、順調だった少年はふと気づいた。
敵の攻め手が弱まって、気付けばやけに段差が多い。
そうして――樹海の覆いが引き、フィールドが姿を現す。
その光景は、学園の、城壁の残骸がある草原のフィールドを思い出させる。
あれほど単純ではないが。
高低差も、地形としての複雑さもこちらの方が上だ。
草地は存在していないが。
ひたすらに階段だ。立体交差し、上に。下に。果ては見えず。ゴールも見えず。
灰色の朽ち果てた煉瓦作りの、砦や城塞。又は、遺跡。といったところか。
そんな場所の中央に、多分今いる。
(やられた……。 何れかのアトラクション……。これだけ原型が残っているなら、知っていれば、どれだけ……。どうしてパンフレットに目を通さなかったのだ……。彼女と楽しむことを何故優先した! 安全こそ、第一だろうがぁぁ……。何も起こらない、平穏な休日何ぞ、私の人生で、どれだけ、稀有か……)
ある意味、追い込まれた、ということなのだろうか?
だが、悪くはない。
気配が、いくつか。息を殺すように、だが。
一瞬だが。時折、より広く、遠望し、果てまで見渡すかのように、全容が見えるのだ。垣間見える、と言うのが正しいか。
彼女の眼だ。彼女の力だ。彼女の行使するのとは異なる方向性で、私の身に残る彼女の残滓は、異なる景色を――異なる行使を――
「……。 くっ!」
思考を思索を邪魔するかの如く、起こりの気配すら碌になく、肌感覚、感じ取った風圧、流れの変化。それでも、辛うじて。
喚んだ剣で斬ろうとして、咄嗟に、角度を変え、後ろに跳びつつ、その腹を盾とし、凌いだ。
結局、こうするのが、最も、次の一手を広く持てる。手を振るい落とした訳ではないからこそ、腰から二本目を引き抜ける上に、最初の一本は出し入れ自在。
妨げる手段があるなら、とうに向こうがその択を採っていないのはおかしい。それどころか、試みてきてすらいないように思える。
今はまだ手段が無い、だけか?
(げほっ……!)
まともに入った。空中であるとはいえ。
ここは、先ほどまでの場とは違う! 立体的な構造物。そんな場所故に、敵の攻撃の手は、多段的、立体的であることが、より容易く為せるのだ……!
衝撃を感じると共に身を捩り、でき得る限り衝撃を散らしつつも、上手く受けきったというにはほど遠く、少年の身体は弾き飛ばされる。強烈に。
それに――腹部に受けた、この弾力に、強度。枝、ではない。根、だ。
こちらの胴体程の太さのある根の末端の一本による、これまでとは違う、確かな重さがあった。
それでも、鎧を喚んでの軽減すら試みなかったのは、流石に瘦せ我慢が過ぎたか……?
鎧を喚んで纏うと、どうしても、肌感覚が損なわれる。そして。表面積の増大という意味でも、単に、自身が相手にとって、的としてデカくなるに等しい訳で。
相手は束縛と打撃といった取っ組みに重点を置いてあるだけに、猶更。
吹き飛ばされながら、絞り出すように、放った。
【ライトニング・ボルト】
そう。絞り出すように。
一気に、全力疾走を限界まで続けたような疲労が、押し寄せてくる。
これまでなら、ここまでやったら、流石に倒れていた。
今の自身の限界は、見定めるにはあまりに不安定だ。
彼女由来のモノが、この身に混ざり、上振れ、下振れ。全体としてみれば、間違いなく強化されたといえるが、出力も、余力も、体力気力も、安定しない。
心の揺らぎもそのせいか? 敵のせいでもある。
影響は図れない。
上振れたせいなのか、自身の発した炸裂の光に、目が霞みつつも、ぐるりと宙で回転しながら少年は着地するが、倒れ伏さない。
これでも、意識は途切れていない。妙に呼吸の具合の復帰も早い。体が若干ついていけていない? 体力、ではない。体の反応が安定しない。
測れない。
故に、ペースを維持できない。
元来からの得意も得意な、ペースの配分。
根幹が揺らいでいる。
その癖、また、感覚は鋭く上振れていた。
(ここにきて、先ほどより、濃く? 気配……? 罠か……? 感知の上振れか、どっちなのだ……?)
この場に存在するいくつかの気配の存在と、それらが揺らいだのを確かに感じたのだから。反応、という程でもない。気配だ。そこにある気配。それらが動いた訳でも、反応を示した訳でも無い。反応もできない程消耗しているか、隠密に徹していたか? 私という存在に何かしらの希望を抱いていたが、駄目そうだ、とがっくりときた、のか?
(寸前まで樹海の覆われていた場所に、流石に無事な者などいる筈があるまい……。やられていないだけだ。逃げられもせず。ただ、削れてゆく。順当に考えて、そう、なるだろう? が、仮にも魔法使い。上澄みが横絶えているのではなく、横たわっているのだというのならば――? 可能性は――ある。……。仕方……あるまい。試したことはないが、保つ、筈だ。保ってくれよ、私の気力! 貯蔵、頂くぞ、瞬狼)
そう、念じながら、喚んだ剣を普段とは違い、強く――五分の力で握る。
軋み、溢れ出す、魔力を、先ほど残る吸魔の記憶と回路を巡り、廻らせるかのように、掌越しに吸い上げながら、剣を消して。
躊躇なく――放った。
【ライトニング・ボルト】
【ライトニング・ボルト】
【ライトニング・ボルト】
【ライトニング・ボルト】
【ライトニング・ボルト】
(強さを、誇示す! 必要なのだ! どうしても! 私自身が自信を図れなくなっている以上、必要なのだ! 手勢が、要る! そしてあとは、質が最低限を超えてくるかどうか)
五連。激しい光の爆発。
だというのに――吸い取った魔力は過剰だったのか。自力で放つときとは違い、心地よさすらある。寧ろ、体力も気力も全開。満たされてゆくかのような。
迸る! 迸るぞ! 魔力がぁああああああああああああああ!
樹木の気配が、遠のいてゆくのを感じた。
樹木の気配が、一気に薄れたのを感じた。
しかし、消えてくれてはいない。
最低限、監視の目は残されている。注目を外してくれない。
(退いた、か。この具合は私自身にとっても想定外。まともに一撃入れたはずの相手がころっとして、何か魔法放って、何故かより元気になった、なんて、まあ、対処に困るか。ふふ。今の、うちだ。どうせどいつもこいつも、私よりは大人に違いないし、この手の不安定は魔法使いのあるあるではあるらしいしな)




