デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 起こり 吸魔吸精域 Ⅳ
ゲリィ。そしてガリウス。シューイットにシンシャ。
かの四人である。
ホテルの一室に彼らは一堂に介していた。
結界を張っている。
青白い結界が、床と天井と壁面とドアと窓を覆っている。
キングサイズのベットがあるのに、その上ではなく、絨毯引きの地面の上に彼らは輪になって座っていた。
「まさかぁ、こんなことになるとはなぁ」
【何もするな。其処に留まり、静観していろ。これは命令である】
指先でぴらっぴらっと摘まんで、苦いものでも舐めているような表情で、達筆な筆跡で浮かび上がっていた紙片の文字を他三人に提示しながら、ゲリィは実に楽しそうに笑っていた。
「黙って養分になって死ねなんて御免だから結界張ったけどさぁ」
「これだけだもんねぇ~。我らが王はさぁ~」
「識を飛ばしたが、滲みすらしねぇ。暖簾に腕押しだわ。王が予めこの事態を知ってたかどうかも分からん」
と、シューイット、シンシャ、ガリアス。
「「「「はぁぁ……」」」」
息のあった溜め息。
そうして彼ら四人の目線は、文言の書き換わる気配なんて微塵もないその紙片ではなくて、天井の同じ一点を眺めるように見つめた。天井に何かが書かれる訳でもないと分かっているのに。
息が整うくらい、余裕を持って、アレから離れられはした。
公園ゾーン。彼女と座ったベンチ。
そんな理由で再訪しただけだったというのに――その光景は、少年を困惑させた。
息があがる。魔力が尽き欠ける。そういった一般的な危機以上に、少年にとっては、こういう、わけのわからないもの、ことこそが、心に、くる……。
どう、予期しておけ、というのだ……。こんなもの……。
どうして、この目にも鼻にも毒なこの場面に、駈け寄れる距離に踏み入るまでどうして気づけなかったのか、と。
「あばばばば。がゆい"い"い"――」
「よしよし。いいこ。大丈夫よ」
幼な子が、ところどころ黒々く、全体的に茶色ぐんで、ぐっしょりした、不揃いで抜けのある黄ばんだ歯に糸を引く有様な、醜いブ男を撫でている。
猫のように、腹を仰向けに無防備に曝け出し、痒いらしい全身を、床に擦り付けるように掻く。そして、空いた両手で、自身の表側を、血の出る勢いでぼりぼりぼりぼり。
その体系は、形容するのならば、巨人の容態。顔以外……。
その顔は、逃れられようのない、だらしない、だらしない、だらしない、だらしなさを極めたような、醜く垂れて崩れて、でこぼこしたものだった。
そして。そんなものを猫撫で声で撫でる存在がいる訳で。
小さな女の子のごっこ遊び。それのあやす対象が、ぬいぐるみですらない、きも可愛らしさすら無い、巨躯で矮小な手足の大の大人なナマモノでさえなければ。
公園エリアの。それの横たわるベンチはひしゃげ、きしみ、潰れたできもの由来な黒々しい悪臭の汁を垂らす。幼な子の小さな服も、悪汁塗れになっている。そのせいで、その服の意匠すら碌に分からない。というか、分かりたくもない。分析したくない。でも、してしまうのだ。息を吸うように。こればかりは元師匠を恨む。理不尽か? 理不尽さ。こんな目に遭っているいる私自身のこの境遇がな! 一体私が何をした……!
周りには、自分以外誰もいないから、少年はそれをどう見るべきか迷った。痴態も糞も、とかいう話では無い。この幼な子というか幼女というか。これも擬きか? 遊びか? だってそうだろう? こんな事態に、二人っきり? の世界に浸っていられるなんて、どこからどう見たって、異常者だ。この男も、幼女改め女も。
だからこそ。
第一声を何とするか。
みっともない! か? 思いつかない。思いつかないのだ……。嫌な疲れ方をしている……。間違いないのだ。彼女らは使える。少なくとも、こうやって、存在していられるのだ。
方向性は知らん。だが。強い存在ではあるだろう。
ある意味、入口に向かっていった者たちとは違って冷静? であるともいえる。
味方に……引き入れ……。……。冷静、とは……? うぅむ……。
幼な子はまるで影響を受けていないようであるし、ブ男の方は痒がっているだけだ。寧ろ力は膨れてゆき、元気はありあまっている。
何だから、歪んでいる。
歪んで、見えている……?
耐性は、付けさせられている。故にこれは、私の抱く嫌悪感故だろう。
しかし、分かる。これは、ただの潔癖だ。汚さではない。在り様だ。それに対する潔癖。顔という最大特徴から目をそらすかのようなぼやけ。これは、私の意識がどうしてもそうさせてしまっているのだと、分かる……。
つまり――無理だ……。
私にも無理なものはある。それこそ人並みに。私にはどうしても無理なのだ。恥というものが無く、世界が、自分の、自分たちの中だけで完全に閉じてしまっている者たちが。
それは、救えない存在だからか? 同族嫌悪か? 靄々と渦巻く。それらの総てが、どれも答えなのだろう……。
無理……だ……。
しかし……ここにきて、引き返…―
「そこの貴方? 見世物じゃあないわよ? かゆみ止めでも持っているなら許したげるけど?」
声が、降ってきた。降り注ぐように、言葉が降り掛かる。
それは、私の方を見てはいなかった。ただ、空を見上げ、ホースによる曲射する放水のように、私に向けて言葉を投げかけていた。
それは魔法ではない。そういう技術である。
声を音として、飛ばす技術。通常の大声なんかよりもずっと、長く、まっすぐ、音を飛ばす技術が存在する。長距離を移動し、伝令を行う、ある種の技術者たちの技法である。
それを曲芸のように。そう、曲げて、こんなことをしているのだ。
私がいよいよ立ち去ると決めたこの、最も脆い瞬間に。狙ってやったのだ。
私は後悔した……。
(これは――生き様云々、だけではない。この人物は、私の最も苦手な人種に該当する……)
遥か上空。雲を抜けて――
「がぁあああ…―」
「御客様! ご安静に!」
「我が夫。少々無理をしているようですね。チカラ、補充致しましょう。我が娘。倉庫から追加の薬品類を。魔法は使わず、カートに乗せて。多少時間は掛かっても構いませんので、頑張って!」
天空の城。
そこは、野戦病院の様相を呈していた。
とはいっても。
手当を行っているのは、従者のような恰好の、顔の無い男が一人。
手伝い程度しかできていないが、それでも十分に役に立っている雑用掛かりな、幼げな少女。
そして。その空間そのものである、城の精神である女性が、この領域に、数多の負傷者たちを収容している。係員はそこに含まれない。全て客である。
「あの二人がここにいる間に事が起こってくれていたなら、できることはもっとあったでしょうけれど……」
「弱音を吐いても仕方ないだろう? お得意様を増やす機会と割り切ってできるだけのことをやるんだろう?」
「そうね貴方。あの二人は今頃どうしているのかしら? まだパークに居るのは確かでしょうけど。お人よしなのだから、何処かで無理していないか心配だわ」




