騎士叙勲辞退 Ⅱ
そうして今、私は、第一王子の御前で、傅いている。
ここは、私の生家の広大な庭園の中心。石畳と緑の芝生の領域。私と王を、距離を開けて囲うように、人垣ができている。
騎士鎧を装備した騎士たち。ローブ姿の魔法使いたち。法衣姿の貴族たち。その色々が集まっているのは、生家の持つ繋がりと、私という異物が集めたものが重ならなかったからこそ。
そして、聞こえてくるのは、王子についての評ではなく、私の評。王子が、顔まで覆う灰白色のローブによって容貌が隠されているからという消去法なんて使うまでもなく――私は耳が利く。師匠と暮らす前から。
「あれがあの――」
「魔法使いの家から騎士。寄りによって史上最年少とははたまた」
「あの背丈。あの肉付き。あれでまだ、成人の境界たる12の齢を迎える前、だと?」
「ウィル・オ家から騎士が出ることさえ、こうやって目にしても信じられないというのに、史上最年少どころか、成人前だとは、末恐ろしい……」
(そう。火の魔法の大家たる、ウィル・オ・家。だというのに私は、魔法を使えない。だが、それでも、これで恥は濯げただろうか。……。やる……のか……私は……本当に……。全て、台無しに、する、つもりか……?)
ゴォンンンッ!
錫杖の、音。
首を、上げた。地面に、汗が、垂れた。
「ウィル・オ・ライト。麒麟児といえど、未だ、こういう場に立つには荷が重いか?」
「いいえ。殿下。浴場の熱が未だ体に残っているのです。直に引きます」
無理があるとはいえ、即答した。自己採点では及第点だが、果たして――
「そうか。なら、続けよう」
いつの間にか、王子の横に立つ、深くローブを被った二人。赤に、ところどころ、渦巻くオレンジ色の火の玉とそこから散る火の粉の意匠。父上と兄上。魔法使いではない私には、どっちがどっちかは伺い知る術は無い。
フゥオン!
現れたのは、純白の全身鎧。嬉しくもあり、悲しくもあった。
フゥオン!
その鎧に、覆われた、のだと思う。
少し強めの視線を感じ、その、視界に沿って、鎧の壁面が透過しているような奇妙さに酔いつつ
見た。
師匠である。
(全く、この人は)
少し、気が楽になったような気がした。……。そうだ。そうだ。そうだ……。気が楽になった気が……した……。
「ウィル・オ・ライト。っ、ほぅ、外さずとも、見えているようだ。物珍しさは無いが、よくよく考えてみると、中々の変わり種。視界の確保の為の覗き孔が無い。ヘルム部分の蝶番どころか、ヘルムを外すことすらできぬように見える。それどころか、ヘルム部分以外を見渡しても、どこにも継ぎ目が無く、紐などでの結節点すら無い。まるで白光りする鉄塊から削り出したかのような、これはさながら、全身鎧の彫刻! 面白い。実に、面白い」
「っ……。ゴホン、ゴホン。次は、これだ。正騎士たる証。当代きっての武産者が、死に掛ける寸前まで抱え、形にした、君だけの武器だ。ウィル・オ・ライト。手に、とるといい」
それは、師匠に予め聞かされていたが、文様も何もない、ぺらっぺらの、ただの真っ白な長方形の符でしかない。しかし、手にし、ひとたび、握れば――
自身の籠手に取っ手が癒合した、何の変哲も、意匠も無い、武具と同色のロング・ソード。
「君が、他の騎士とは一線を画することがよく分かった。史上最年少。前例無し。未だ子供にして、騎士叙勲。例外中の例外。されど、君は相応しい。貴族たちや魔法使いたちではなく、君と同じ道を歩む者たちの反応が、物語っている。騎士はときに、王よりも気高い。そのような者たちの誰一人として、君に『その資格が無い』と声をあげることすら、しなかったのだから」
騎士たちの歓声。魔法使いたちと貴族の拍手。耳が痛くなるような、慣れない光景。
剣の刀身中央に、文字がひとりでに刻まれた。
【彼の者、声なき声の汝を見つけ、救う者なり】
王子が、それを確認した上で、剣を持つ方の私の左手を掴み、掲げた。
「彼の者、ウィル・オ・ライトは、騎士として、多くの者を救うだろう。奇蹟以外で救いきれる者であれば、必ず見つけ出し、救える可能性を携えてやってくであろう。君は今日から希望の具現たる騎士。だからこそ、その命、無駄に散らしてはならない」
まるで、わざと言っているように聞こえる。そういう言葉選びをしているかのように。そんな筈ないのに。そんな訳、ないのに……。刻まれる文字を知るのは、お披露目となるこの時までは、この場にいない、武産者のみ……。
(駄目だ……。突きつけられて……しまった……。虚を突くように……。顔が、覆われていてよかった。だがそれも……もう、意味は無くなる……。……。どうして、だろうか。なんだか、腑に落ちた。此処まで来て、結論はこうなった。ならもう、こんなの、運命で、絶対だ)
姿勢を正して、待った。辺りが沈黙するのを。
そうして、次の文言。それが最後。それを聞き、首を縦に、騎士としての身分保障と権力の証たる、信任の首飾りを。本来も、ここまできたら、形だけのそれ。形だけだが問われる。本当にそれでいいのか、と。最後の機会。運命を決めるための……。
師匠の方を、ちらり、と見た。
目も見せず、声もあげず、私は最後の後悔を振り払うために、赦しを請おうとしそうになるけど、心の中ですら、声に、ならない。自分の中での最低は、何とか下回らずに済んだ。
それでも――私が今からやろうとしていることは、どうあったって最低だ。
「君の二つ名は『救騎士』としよう。救いの騎士。よって、『救騎士』。さて、『救騎士』よ。これが最後だ。膝をつき、専心の誓いとして、頭を垂れよ。さすれば、騎士としての威を、君に授ける。君は晴れて、正騎士だ」
「……。…………。………………。どう、したのかな? ここにきて、緊張に包まれたのかな? 感極まって涙しているのかな? それとも――辞退する、かい?」
そこまで待たせて、そこまで言われてしまった。この王子様、私の淀みを確かに見ている。気づいている。そして、微かにだけど、読み取れた。そしてそれは、合っているのだろう。この人は、嘗て、大きな選択をして、その選択を後悔し続けている人だ。そして、その選択も、凡その予想がついてしまった。
だから私は、立場や役割を脇に退けたとしても、この優しい人にも、謝るべきなのかもしれない。……。謝ることではなく、揺れることなく貫くべきだ。せめて、それだけは、私が為じゃあなくて、やらなければならない。
「はい」
宣言する。愚かで最低で台無しな決断を。それでも私は、悔いだけは無いことを、ここに誓う。
「騎士には成りません。絶対なる運命から人を救えるのは奇蹟だけ。騎士では至れないから。奇蹟を起こせる可能性があるのは神を除いて、魔法使いだけだから。だから、私は、魔法使いに、なります。絶対に。だから、騎士には、どうしても、なれません」