デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 起こり 吸魔吸精域 Ⅰ
「え~、私前がいいんだけど」
「密着しないなら構わんが」
「それじゃ意味無いでしょ?」
「いやだからさっきも言っただろ? 水圧がきついんだ。股間にもろにくるからな」
「いきり立たせなければいいじゃない。それに前のほうがきつくない? 直に触れることになるんだし。おしりで」
「……。早くしないと問答無用で押し流されるぞ? 私は大丈夫だろうが君は多分、体格からして溺れるぞ?」
押し付けたままにして乗り切るから問題無い、と言い出さないのは、成長……成長か?
樹木の瘤のような場所。下から続くつた。何故か落ちず溜まる水。下へ続く根の道。流れてゆく水。その流量が増え始めている。
少年は腰から大腿までを覆う、短パンのような紺の下着を。
青藍は、ワンピース状の肌に張り付いた紺の、胸元部分と、腰から大腿にかけての部分が、段々丘なフリルになっている下着を。
専属応対人に同系統でと指定して見繕ってもらったそれを着ての二回目の滑り台。
「大丈夫だもん! 川に潜っ…―」
それは、時間切れによって、押し流されることで始まった。
頭から逆さまに流されていって、モロに水を飲んでしまった彼女を掴もうとのばした手が空振ったところで、大きく息を吸って、地面を蹴り、危険承知で自ら頭から射出物のように突っ込んでいくことで、何とか、追いつき、抱きかかえる。
やはりというか。
鈍い訳ではない彼女は、水を飲みつつも、肺は無事であるらしく、意識もある。
びっくりしつつ、安堵の表情に変わった、抱えた彼女に、心に浮かべることで伝える。そして、両足を張って、つっかえ棒のように、流れに抗って、留まる。
彼女は口を差し出してきた。こちらの意図を汲み取ったのか、使い終えた空気を泡にして。
そうして彼女は目を瞑った。
水量が増える。満ちる程に。
完全な水没状態。息をするために顔を出すことすらできない状態。
とはいえ問題ない。
それに彼女は変わらずロマンチックを所望しているらしい。それに余裕がありそうだし、これだけ意識もはっきりしていたら本来必要ないが、まあ、いいかと、唇を合わせ。彼女の口の奥へ。送り込んだ。
そうして、抗う足を壁面から離し、勢いよく流されてゆく。
一回目の途中から鈍足になってしまった滑りとはえらい違いだ。
噴き出されるように、宙を舞って、着水した。彼女を守るように、背に衝撃を受けながらド派手に水飛沫をあげて、勢いの大半を消費し、緩やかに少しだけ沈んで、彼女を解放する。すっ、と浮かび上がってゆく彼女を下から見上げ、凝視してしまう。思いの外、陰影が浮かび上がっている。何がとはいわないが。そして、目を逸らし、何事も無かったかのように、余裕をもって、浮かび上がった。
「こういうのも、アリかもね」
唇に指を当てて、彼女は可愛らしくそう言った。
「お気に召して頂けたようで何よりだ」
「そろそろ終わりにする? 今日で帰るんだったら、ホテルで閉園まで休むのもありかもしれないけれど」
ある意味素敵な提案といえる。
休息というのは好きだ。
睦ましく話をするというのも大好きだ。
しかし、彼女はきっと、
「未だ師匠は戻っていない。故に滞在はまだ伸ばせる。どうせだから一通り回ってみたくなってきたんだが、どうだ?」
もっともっと遊びまわりたいに違いない。あれだけパンフレットに目を通していたのだ。計画を立てていたのだ。こういう遊びというのに強い憧れを抱いていたに違いない。それが叶ったのだ。なら、小さく叶う、で終わるのではなくて、大きく満足に、叶ったと胸を張って大満足! ってさせてあげたいではないか。
「それじゃあ夜は本当に眠るだけにしないとね」
彼女はそう、ちょっと意地悪そうに言って笑った。
「歯止めきかないものな。君も。私も」
「そうね。別にわたしはそっちでもいいのだけれど」
彼女はそう、小悪魔のように笑い、誘う。それはそれは素敵で甘美な誘いではあるが、
「はは、それはやめておこう」
色に溺れる趣味は無い。好きだよ? 無論。彼女の色は。ただ、好きなのは色の部分だけではないし、今後もそうでありたい、というだけのことだ。
「じゃあ、コンシェルジュさん呼びましょ」
「だな」
そうして、二人の呼び出しに呼応するように――大きなバスタオルを何枚かタワーのように重ねて、白磁の専属応対人が水面に浮かぶように現れた途端、沈むよう倒れ、水飛沫をあげながら、バスタオルをぶちまけ、沈んでいったところで、二人はこれが異常事態だと気づいた。
緩やかにだが――自分たちの身体から魔力が抜けてゆき始めたことに、それが、水面の下へと、流れるようにくだってゆくことに、気付いた。
少年より僅かに早く動いた彼女を、少年は止めた。
「青藍! 待て。私が行く。君は、君の世界を展開していてくれ。コンシェルジュを回収したら浮上するから、その段階で私ごと回収、頼む」
そうやって潜り、予想よりも遥かに早い速度で沈むというか、落ちていくような速度で沈んでゆくコンシェルジュに追いつく為に少年がとった手段は単純だった。
喚んだ。
剣と鎧。
あんなことがあった四日前から一度たりとも呼んでいなかったし、向こうからも声を掛けられてもいなかったが、問題なく呼べた。
底に迫る前に追いつけて心底良かったと思えた。
底には、渦があった。大きくなっていっていた。穴があった。流れ落ちていた。下から様々な色のついた魔力が流れてきていて、それらも混ざって、吸い込まれて、先へと消えていっていた。
今も自分の身体からも。
そして、コンシェルジュの身体からは、自身とは違って遥かに大量に。白い濁りのような魔力が水に広がる絵の具のようにどんどんと流出量を増していた。
まるで、その身が、溶けているかのよう――
焦って、魔力を噴出して、それを推進力として浮上しようとし、咄嗟で止めた。剣の腹で、水を薙いだ。押すように。
それに合わせて、足で水を蹴り、水面へ達した。
ザバァンン!
「青藍! っ! 何故!」
「駄目なの……。開けない!」
「なら、岸へ。急ぐぞ! コンシェルジュの身体が溶けている……かもしれん! 一刻も早く、ここから離れる!」




