デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 兆し 樹の界
パーク西域。
西部ではなく、西域。
他の箇所よりも広い敷地を持つ故に。
真っすぐとはとてもいえない小枝を縦横につなげた広大な柵の壁は、ドームのような半円を構成している。
建物十階分程度の高さはあるだろうか。
そんな頂きより遥か上から、のびてきている、曲がりくねり、ほつれ、交差する、樹木の根。その中は中空で、ところどころ、外が見えるように露出している。外へは放り出されることはないし、身を乗り出すこともできない。中を流れる客たちと共に、流れる水すら漏れださないのだから。
「あぁああああああ――」
「あははははははは――」
ひゅぅうううううう、ザバァアアアンンンンン!
生い茂った草とその根で、隙間を埋めた、ろくろを巻いたほつれ絡まった数多の根による、ろくろである湖へ、下着同然の恰好の男女がまた、着水した。
根と、その中を流れる水と、それらに寄生するように生きる草から成る、広大なアトラクション。数十通りの経路の、水流による滑り台。それがそのアトラクションである。
時折着水に失敗して怪我したり溺れたりする者たち、そして、複数存在する滑り台のスタート時点への到達は下から、自らの力で辿り着かないといけないからそれに向く魔法を持たなかったり頭が回らなかったり体力や器用さが足りない非力な者たちを救護するために係員がここでは存在する。
アトラクションの維持に、他とは違って係員が関与していない。他のアトラクションのように運営というものがされていない。管理者が存在しないのである。
何せ、滑り台の経路も勝手に増減する。ちゃんとお行儀よく、アトラクションとしての閉店時間にひとりでに。損傷も同様に。
これまで、客の自滅以外の事故は起こったことがない。
着水場所である根のろくろの湖は、柵の径と同じ。つまり一つだけ。そして、そんなろくろは、アトラクションとしての終点ではあるのだが、根は更に下へと続いている。
客たちも、係員たちも知らない。
このパークの骨子は、巨大なる世界樹であることはパンフレットにも乗っている情報であるし、見上げれば分かることであるので、客でも係員でも知っていることだ。
しかし、これでも若木ところか、幼木といえる段階を漸く過ぎた程度であるということは、係員でも上の方の一部の古株しか知らない。
そして、このパークの西域。ある日、朝を迎えると、かつてあったものが消え、このようなアトラクションが成立していたのである。
骨子が、樹木とはいえ、生き物。こういうこともある、かもしれないということを、支配人はパトロンから説明を事前に受けていた故、狼狽えなかった。
だが、そこまでだ。
それ以上は知らない。
パークの係員の誰一人として知らない。この世界樹の根は、もうまともではない。下に、ではなく、西側へと、蛇行するようにのびて存在するようになっている。
いつからか?
決まっている。西域が今の形になったその時だ。
そして、それを境に、支配人はパトロンと一度たりとも会っていない。
世界樹にそのような変化が起こった。つまり、弱っている。
係員たちは知らない。
パークに一度、起きてしまった根腐れ。
本来の幹からまっすぐ下へのびるそれらは朽ち、延命処理として、接がれ、ずらすように外へ。何せ、元の根のあった空間には、歪みが残存するのだから。
延命処置に過ぎない。現に、月日を経るごとに、界は狭まりつつある。
樹冠も、パークの径も、僅かに。
今は辛うじて保っているといえる程度。
しかし、係員たちの収支。既にきつくなってきている者たちが現れ始めていることがその答え。樹木の空気からの養分を供給するという、彼ら係員たちの、彼ら自身にも知らされていない役割。
その身に住まわす数多を支え立っていられなくなるその時は、そう遠くない。
ろくろの根の続く先。
遥か下。
数ある先端の一つ。
その中。
カァン! カァン! カキンッ! ゴトッ!
「はぁ、はぁ、はぁ……。こんな契約受けねばよかったのに……。恨むぞ長老……」
ぼやく。
しわがれた低い声で。
茶色い髭面の茶黒いじじいだ。
壁面にもたれかかっているのは、つるはしではなく、尖った、ズ太い銀色の釘である。そのじじいの全長と同じくらいの。そのじじの腕くらいの太さのある。輝き、汚れも欠けも曲がりも錆びも無い。
赤子とはいわない。しかし、幼児かと疑いたくなるほど小さい。
その手と、その顔と、その足は、大きさは幼児のそれなのに、質感は爺のそれである。それも、年季の入った職人の類の。
「小僧。未だなのか? 未だ、化生に転じれぬのか?」
変化。
化生。
小僧とは誰を指すのか。
大事なことだ。
事の起こりはそこなのだから。




