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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第四節 奇運奇縁の帳 一日目

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デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 睦言日和 Ⅱ

 同じベッドに。向かい合って横たわっている。布団は端にやって。


 未だ眠るつもりは共にないから。


「とっても幸せな気分。でも、ちょっと未だ気持ち悪いかな」


 くすっ、とそう彼女は笑う。自らの下腹部をさすりながら。


「ま……無理のある体格差だからな……」


「体格差っていうより、ライトのソレが規格外なだけでしょ。それに、わたしからいったんだし」


「自分のコレが大きさ以外にも……思ってた以上に色々な意味で馬並みだとは思わなかった……」


「ふふっ。ライトのこと絞り殺してしまうって、ずっとびくびくしてたのがバカみたい」


「逆に君が大丈夫か心配だよ」


「分かり切ってるでしょ? だいじょうぶ♪」


「大丈夫には見えないんだよなぁ……。腰も。そして……。……。いいや、うん……」


「ふふ。ライト以外に股を開くつもりなんてないわよ? 何の問題も無いじゃない」


 彼女はそうやって幸せそうに笑った。






「こういう関係になったものの、私は君のことをあまり知らないよな……」


 穏やかに沈黙がしばらく続いて、少年がぼそり、そう零した。


 何気なく口にしたつもりだった。


 決意も覚悟も特にない。


 だが、それがかえってよかったのかもしれない。


「そうねぇ。……。知りたい?」


 彼女は恐る遅る、少年に問いかけた。


「そりゃ知りたいさ」


 少年は食い入るようにではなく、されど、答えに詰まる風でもなく、素直に答えた。


「わたし、さ。ただ、幸せになりたかったの。夢はそれだけ。けれど、絶対叶わないと諦めてた夢。だって、さ」


 と、指輪を緩める。瘴気のように立ち昇る、闇色の煙。それが、靄のように彼女に纏わりついてゆき、素の彼女とは大きく隔たりのある、圧が形成されてゆく。


「前よりも……強まってるの……」


 と、締めくくり、指輪を嵌め直す。


「……。無理させてたか……? 言っちゃあ何だが、ズレているからな私は……。君を何故怒らせてしまったかもわからないことだって多いし……」


「ううん。そうじゃないの。ライトがそういう人だっていうのはよぉく分かってるし。それにさ。ライト、言ったら分かってくれるじゃない」


「そりゃ。見限られないうちは頑張るぞ? 当然だろう?」


「そこは、『君のことが好きだから』とか言って欲しいかなぁ」


「はは……、善処する……」


「魔女として。つがいを見つけて、結ばれるまでのリミットが迫っていたの。もうこれで、大丈夫、なんだろうけど……」


「【真実の愛】という奴か? まぁ、魔女の側からは見えないものなぁ。この仕組みを作った神は本当にタチが悪い……。浮かんでいるぞ? 淫紋。君の下腹部に。はっきりと。白く煌めく光の魔力の線。他ならぬ私の魔力による刻印。細長く、両端を尖らせた、氷柱のような。少し違うか。私の魔法は光と硝子。だからこれは、氷柱のような削り出された硝子、か」


「あぁ、よかった……。独り善がりじゃなかった」


 ぽろぽろ。彼女の瞳から暖かく涙が流れた。


「はは。覚悟は見せただろう? 私は魔女というものを知っているし、実例だって近くにいる。愛は移ろうものだし、色褪せるものでもある。偽物であれば。不純物が混じっていれば。だから、私の言えることはこれくらいだろう。不安にさせて悪かった。待たせて悪かった。だが、もう、大丈夫だ。終わりを迎えるその時まで、ずっと一緒に居ようじゃないか」


 誰に教えられた訳でもない。自身の手に、それは形になって現れていた。


 自分も気づいていなかった。


 彼女の驚いた表情で、自身の掌の上に、生成されていたそれに気づいた。


 それは、一つの指輪。


 飾り付けも何もない、ただの輪であった。透明な硝子でできている。その中に、闇が穏やかに漂っている。出所はどこか? 紛れもなく、彼女だ。指輪を外したときに、彼女から漏れ出すそれが、指輪の中に存在していた。


 径が大きい。


 彼女の指に嵌めるにしては。


 右手の薬指に少年は嵌めた。


「婚約指輪、ということでいいのかな? 君のそれもそういうことにしておこうか。結婚指輪は、私が責任を持てる年になったら、二人で相談して創るというので如何かな? 青藍」


「ええ。末永くお願いします」


 そう、上目遣いで潤む彼女を見て、心底幸せを感じた。自分だって、こんな幸福は最初から諦めてしまっていたものだったのだから。どれだけ欲しても、手の届かない――






「父親と呼べる人は――最初からいなかったの」


「そういう概念自体、知らなかったわ。物心ついたって」


「森に――棲んでいたの。母と一緒に」


「優しい母だったわ。生傷は絶えず、ボロボロだった。生臭かったし。今思えば、母は見目麗しかったけれど。闇が見えるわよね。時折訪れる人は男ばっかりで。わたしにも向かられる目は幼いながらも、嫌悪感と寒気を感じずにはいられないものだった」


「そのときは理由は分からなかったし、聞いてはいけないって分かってたから……」


「わたしの世界は閉じていたわ。母とわたし。他には誰もいない森。時折やってくる来訪者。その日だけ、ごはんが豪華になった」


「母は時折、とっても怖い人になった。わたしにわめきちらした。普段の母が口にしない、きっと汚い言葉。意味を理解はしなかったけれど、迫力はあった、泣き出してしまうくらい。わたしが我慢できなくなって、耐えられなくなって、泣き出して、母はわれにかえって『ごめんね、ごめんね』って、壊れたみたいに繰り返すの。わたしに抱き着いて、しがみついて、離してくれない」


「終わりは突然やってきたわ。森の遠く。1つの町と、1つの城。燃えていたわ。森には届いていないけれど、紅く、炎は夜の空を照らしていたの」


「1つの町と、1つの城。そして、1つの森。それだけ。その外は、岩石の砂漠が広がっているの。水は、森に流れる小川と、その遥か地下の巨大な水脈から」


「何が起こったか……分かる……? そうよ。母は、何かに縋るしかない弱った魔女。わたしは無力な子供。縋る先である他の人たちは一夜にして全部、亡くなったわ。そして、森は燃えなかったけれど、同じく滅びたわ。そう。水よ。汚染された水から、森は根腐れするように壊れたの。生きていたのは母とわたしだけ」


「母はわたしに黒く光る水を飲ませてくれた。黒いけど泥水じゃあなかったわ。けれど、ただの色のついただけの綺麗な水でもなかった。わたしは、生まれながらの魔女ではなかったの。母から継いだの。? 魔女の因子は持っていたと思うわ。魔女として発現したのがそのとき、ってこと。本来はもっと未来、だったのでしょうね。でも、発現がそのときじゃないと、私はそこで終わっていたんでしょうね」


「何も知らされず。でも、教えられる訳ないわよね。継がせたら、母を生かす力は消え、母は亡くなる。わたし独り残して。でも、そうしないと、わたしを生き永らえらせる方法はない」


「母が秘密主義だったかというと、正直、分からない。言えないようなどうしようもないこと、重すぎることが多すぎただけだって思っている。だって、母はきっと、強くなかったから。心が。とても弱っていたの。寄る辺がなくて。それでも、わたしという重荷を捨てることもできなかったんでしょうね」


「あぁ、そうよきっと。私は母にちゃんと、明かして欲しかったのよ。明かした上で、選択させてほしかった。でもそう思えるのは今だから。だから、母は間違っていなかったと思う。わたしから見たら間違いだらけだったけれど、母からすれば、ね」


「無理しなくていい、ですって? 無理なんてしていないわ。終わった話ですもの。もうどうしようもない。覆らない。確定した過去よ。それにもし、変えられるとして。何処から? どれだけ? それにね。母は私に最後に言い残したわ。『青藍。しあわせに、なって。わたしみたいに、自分に嘘をつかなかったら、きっといつか、たどりつけるから』」


「母には何が見えていたのかしら。それとも、何も見えていなかったのかしら。でもいつか。墓石のない墓前に立って報告したいの。『ママ。わたし、幸せになれたよ』って」

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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