デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 睦言日和 Ⅱ
同じベッドに。向かい合って横たわっている。布団は端にやって。
未だ眠るつもりは共にないから。
「とっても幸せな気分。でも、ちょっと未だ気持ち悪いかな」
くすっ、とそう彼女は笑う。自らの下腹部をさすりながら。
「ま……無理のある体格差だからな……」
「体格差っていうより、ライトのソレが規格外なだけでしょ。それに、わたしからいったんだし」
「自分のコレが大きさ以外にも……思ってた以上に色々な意味で馬並みだとは思わなかった……」
「ふふっ。ライトのこと絞り殺してしまうって、ずっとびくびくしてたのがバカみたい」
「逆に君が大丈夫か心配だよ」
「分かり切ってるでしょ? だいじょうぶ♪」
「大丈夫には見えないんだよなぁ……。腰も。そして……。……。いいや、うん……」
「ふふ。ライト以外に股を開くつもりなんてないわよ? 何の問題も無いじゃない」
彼女はそうやって幸せそうに笑った。
「こういう関係になったものの、私は君のことをあまり知らないよな……」
穏やかに沈黙がしばらく続いて、少年がぼそり、そう零した。
何気なく口にしたつもりだった。
決意も覚悟も特にない。
だが、それがかえってよかったのかもしれない。
「そうねぇ。……。知りたい?」
彼女は恐る遅る、少年に問いかけた。
「そりゃ知りたいさ」
少年は食い入るようにではなく、されど、答えに詰まる風でもなく、素直に答えた。
「わたし、さ。ただ、幸せになりたかったの。夢はそれだけ。けれど、絶対叶わないと諦めてた夢。だって、さ」
と、指輪を緩める。瘴気のように立ち昇る、闇色の煙。それが、靄のように彼女に纏わりついてゆき、素の彼女とは大きく隔たりのある、圧が形成されてゆく。
「前よりも……強まってるの……」
と、締めくくり、指輪を嵌め直す。
「……。無理させてたか……? 言っちゃあ何だが、ズレているからな私は……。君を何故怒らせてしまったかもわからないことだって多いし……」
「ううん。そうじゃないの。ライトがそういう人だっていうのはよぉく分かってるし。それにさ。ライト、言ったら分かってくれるじゃない」
「そりゃ。見限られないうちは頑張るぞ? 当然だろう?」
「そこは、『君のことが好きだから』とか言って欲しいかなぁ」
「はは……、善処する……」
「魔女として。つがいを見つけて、結ばれるまでのリミットが迫っていたの。もうこれで、大丈夫、なんだろうけど……」
「【真実の愛】という奴か? まぁ、魔女の側からは見えないものなぁ。この仕組みを作った神は本当にタチが悪い……。浮かんでいるぞ? 淫紋。君の下腹部に。はっきりと。白く煌めく光の魔力の線。他ならぬ私の魔力による刻印。細長く、両端を尖らせた、氷柱のような。少し違うか。私の魔法は光と硝子。だからこれは、氷柱のような削り出された硝子、か」
「あぁ、よかった……。独り善がりじゃなかった」
ぽろぽろ。彼女の瞳から暖かく涙が流れた。
「はは。覚悟は見せただろう? 私は魔女というものを知っているし、実例だって近くにいる。愛は移ろうものだし、色褪せるものでもある。偽物であれば。不純物が混じっていれば。だから、私の言えることはこれくらいだろう。不安にさせて悪かった。待たせて悪かった。だが、もう、大丈夫だ。終わりを迎えるその時まで、ずっと一緒に居ようじゃないか」
誰に教えられた訳でもない。自身の手に、それは形になって現れていた。
自分も気づいていなかった。
彼女の驚いた表情で、自身の掌の上に、生成されていたそれに気づいた。
それは、一つの指輪。
飾り付けも何もない、ただの輪であった。透明な硝子でできている。その中に、闇が穏やかに漂っている。出所はどこか? 紛れもなく、彼女だ。指輪を外したときに、彼女から漏れ出すそれが、指輪の中に存在していた。
径が大きい。
彼女の指に嵌めるにしては。
右手の薬指に少年は嵌めた。
「婚約指輪、ということでいいのかな? 君のそれもそういうことにしておこうか。結婚指輪は、私が責任を持てる年になったら、二人で相談して創るというので如何かな? 青藍」
「ええ。末永くお願いします」
そう、上目遣いで潤む彼女を見て、心底幸せを感じた。自分だって、こんな幸福は最初から諦めてしまっていたものだったのだから。どれだけ欲しても、手の届かない――
「父親と呼べる人は――最初からいなかったの」
「そういう概念自体、知らなかったわ。物心ついたって」
「森に――棲んでいたの。母と一緒に」
「優しい母だったわ。生傷は絶えず、ボロボロだった。生臭かったし。今思えば、母は見目麗しかったけれど。闇が見えるわよね。時折訪れる人は男ばっかりで。わたしにも向かられる目は幼いながらも、嫌悪感と寒気を感じずにはいられないものだった」
「そのときは理由は分からなかったし、聞いてはいけないって分かってたから……」
「わたしの世界は閉じていたわ。母とわたし。他には誰もいない森。時折やってくる来訪者。その日だけ、ごはんが豪華になった」
「母は時折、とっても怖い人になった。わたしにわめきちらした。普段の母が口にしない、きっと汚い言葉。意味を理解はしなかったけれど、迫力はあった、泣き出してしまうくらい。わたしが我慢できなくなって、耐えられなくなって、泣き出して、母はわれにかえって『ごめんね、ごめんね』って、壊れたみたいに繰り返すの。わたしに抱き着いて、しがみついて、離してくれない」
「終わりは突然やってきたわ。森の遠く。1つの町と、1つの城。燃えていたわ。森には届いていないけれど、紅く、炎は夜の空を照らしていたの」
「1つの町と、1つの城。そして、1つの森。それだけ。その外は、岩石の砂漠が広がっているの。水は、森に流れる小川と、その遥か地下の巨大な水脈から」
「何が起こったか……分かる……? そうよ。母は、何かに縋るしかない弱った魔女。わたしは無力な子供。縋る先である他の人たちは一夜にして全部、亡くなったわ。そして、森は燃えなかったけれど、同じく滅びたわ。そう。水よ。汚染された水から、森は根腐れするように壊れたの。生きていたのは母とわたしだけ」
「母はわたしに黒く光る水を飲ませてくれた。黒いけど泥水じゃあなかったわ。けれど、ただの色のついただけの綺麗な水でもなかった。わたしは、生まれながらの魔女ではなかったの。母から継いだの。? 魔女の因子は持っていたと思うわ。魔女として発現したのがそのとき、ってこと。本来はもっと未来、だったのでしょうね。でも、発現がそのときじゃないと、私はそこで終わっていたんでしょうね」
「何も知らされず。でも、教えられる訳ないわよね。継がせたら、母を生かす力は消え、母は亡くなる。わたし独り残して。でも、そうしないと、わたしを生き永らえらせる方法はない」
「母が秘密主義だったかというと、正直、分からない。言えないようなどうしようもないこと、重すぎることが多すぎただけだって思っている。だって、母はきっと、強くなかったから。心が。とても弱っていたの。寄る辺がなくて。それでも、わたしという重荷を捨てることもできなかったんでしょうね」
「あぁ、そうよきっと。私は母にちゃんと、明かして欲しかったのよ。明かした上で、選択させてほしかった。でもそう思えるのは今だから。だから、母は間違っていなかったと思う。わたしから見たら間違いだらけだったけれど、母からすれば、ね」
「無理しなくていい、ですって? 無理なんてしていないわ。終わった話ですもの。もうどうしようもない。覆らない。確定した過去よ。それにもし、変えられるとして。何処から? どれだけ? それにね。母は私に最後に言い残したわ。『青藍。しあわせに、なって。わたしみたいに、自分に嘘をつかなかったら、きっといつか、たどりつけるから』」
「母には何が見えていたのかしら。それとも、何も見えていなかったのかしら。でもいつか。墓石のない墓前に立って報告したいの。『ママ。わたし、幸せになれたよ』って」




