デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 壮絶たる意思試し Ⅳ
少年と、剣の少年は唖然と突っ立っていた。
これはあまりに予想外だった。
蹂躙される死人のような男。あの幼なげな少女から出た触手の一本が、見間違えでなければ、不浄の穴を侵している。というか、下半身が、侵されている。数多の職種が絡み合って、中は見えない。どうして、それらのうちの一本が不浄の穴を貫いていると見たのかというと、なぜかその一本だけ半透明で、中を流れてゆくものが見えているからだ。
掲げるように宙ぶらりん。
「よぉ。は、あ、やかった、な……」
「封印って、そういうことだったのか……。聞かされていたら任せていたかは怪しいが……。いくら何でもあんただけキツすぎるだろう……」
少年も、剣の少年も落ち着いているのは、青藍も、銅羅も、衣服の上から胴を職種で拘束され、口元に触手がくっついており、二人とも快眠しつつ、口をもごもごさせている。
喉に何か流れていっているようであるが、それは悪いものではないらしく、二人の顔色はすこぶるいい。
腰から下は、大きな触手に丸呑みされている。時折、大きく水が流れる音がしていることから、衛生的なのだろうきっと。何せ、においがない。去る前には色濃く発し続けていたにおいが。
「怒ら、ぁ、ねえのか。てめへっ、へ、えの女が、あんな、あっ、……。おれ、か……? ど、どうせ、いつも、貪り、くっ、くわれてんだ。タダもどうぜ、っ! んんんん、……。…………」
「無理しなくていい。私たちはあんたを笑わない。笑う訳がない。感謝するよ」
少年ウィル・オ・ライトも
「よく……やってくれた……」
剣の少年も、彼に感謝を示し、頭を下げた。
彼と二人との間に奇妙な友情が芽生えたのだった。
早速男を助け出そうとした少年を、男が、終わるまでダメだと制止し、終わりが何を指すのか判断に迷いつつも、少年と剣の少年は、この場に座り込んで待つことを選んだのであった。
全てが片されて。
夕暮れ時になっていた。
たった一つのアトラクションで一日をほぼ消費してしまったということであるが、しっかりと得るものはあった。
あの死人のような男も、桜の巨木の分霊であった幼な子も、そこからいなくなっていた。
夜になれば――出店が立ち並ぶ。
アトラクションとしての顔を変えるのである。
それまでの間。
詫びの一つとして場を貸された。
青藍もいない。
自分と、剣と鎧の二人だけだ。
尋ねてみた。
「何故、勝負の場に立った? その必要は無かっただろうに……。君たちは縛りの外だった筈だ」
褐色の肌。生傷の絶えない肌。鏃のように尖った爪。ギザギザの歯。自分並みのガタイ。自分とは異なる、幼なげで美形寄りな顔つき。長い白い睫毛。乱れて、半ば逆立った、毛髪量の多い短髪。赤い瞳が、ぎゅっと収縮した。
「我らは縛られている。契約に。迂闊だった先祖の失態の連帯は未だ絶えない。貴様が我らをこれほどまでに惨めに…―」
「ライトさん。やっとこの姿で逢えました」
遮るように、剣の少年の言葉を遮るように、ちょっと反応に困るのでどうしようかと後回しにしてた方が、そんな風に、この時が最初の遭遇という風な態で前にしゃしゃり出てきた。
大きい。何がとは言わない。とにかく、何でもだ。
女性らしい仕草に、この上なく女性らしい体つきに、女性らしからぬ戦闘能力に、……、間違いなく、変な女、だといえる。間違いない。間違いなく、趣味が悪い。
こっちは剣の方とは逆に、髪は真っ黒く、肌は透き通るように白く、傷の類がまるでない。彼女並みではなかろうか。その肌の綺麗さは。彼女並みではなかろうか。その髪の毛の色の濃さもしなかやかも。
長い髪をうしろで一本に下ろすように括って、それを捻って、束ねて、鞭のようにずっしりしていそうに見える。
道着のような上着から、はだけた胸元。否、違う。収まりきらぬのだ。長い袴は、足首まで。長い脚であろう。露出するつもりなら、おそらく、この袴は微妙だ。……。いいや、どっちだ……?
くりっとした大きな目。高くはないが、丸くはない鼻。ナチュラルな薄い唇。美しいというよりは可愛らしさと幼なさのある顔つき。
「……。君があの鎧の中の人か」
少年は少し迷ったが、流れに乗ることにした。
「中の人って、何を言ってるんです? わたしの中に入るのはライト君じゃないですか」
狙って言っている訳ではないのが分かるから、なおのことやりにくい……。苦手だ、この手の人種は……。自分を大小問わず崇拝している傾向のある人物は。
「私はどうしたらいい……。迂闊に喚べなくなったではないか……」
だから零した。
「わたしたちの正体に至れるのって聖騎士様たちでも一握りですけど、いなかった訳じゃないんですよ。でも、その中の誰一人として、私たちを武具として使わなくなった人なんていなかったってきいてます。嘘じゃないと思います。わたしはライト君に使われたい! あんなことがあった後だけど」
こちらを曇りなきまなこで見つめてくる。見下ろしてくる。迫る顔に、こちらが気圧されて膝が曲がったからだ。山脈。彼女には無い山脈。こちらの顔が見えていないだろう……? 正直、困るのだが……。
もう、しゃがむような勢いで背を低くして、数歩引いた。
その体つきに無頓着なのは不味いと思う。どうかとおもうぞ、行ってやれよ、と、彼女の後ろの口だけ凶犬野郎を見た。
ぐぬぬ、と悔しそうにこちらを睨んでくる。
駄目そうである。
「瞬狼。お前はこれまで通り雑に扱えそうだ。ふぅ。それに比べて……銅羅……君は…―」
「乙姫って呼んでください!」
「胴羅、お前っ!」
「?」
「乙姫胴羅っていうんです、私のフルネーム。呼びやすさでもかわいらしさでも、乙姫、でしょ?」
「乙姫……。そろそろやめてやってくれ……」
と、少年ウィル・オ・ライトは、鎧の少女の後ろの現在進行で尊厳破壊されている不憫な剣の少年をちらりと見て、鎧の少女を窘めた。
「感謝しなさいよ!ライト君に。まったくもう!」
と、背中を押され、前に出された剣の少年。
「大丈夫か……?」
「……。瞬断瞬狼。狼とでも呼ぶがいい」
「しゅんしゅん、嫌ってるくせにおねがいなんてするのぉ~?」
「五月蝿い。これくらい当然の権利だ。最低限ではあるが使われてやっているのだから!」
「瞬狼で通すぞ。それ位の距離感が丁度いいだろう?」
「……あぁ……」
そして、すっ、と二人は消える。
剣と鎧。その存在が、自分の傍に戻ったことを感じた。
彼女を迎えに行かなければ。
いつの間にか掌に握らせられていた紙片。
【青藍様は先にチェックインしております。御詫びとして、今宵の宿を用意させて頂きました。破ってくだされば、そこはもう、部屋の前です】
考える時間はもう必要ない。
それを破ると、少年ウィル・オ・ライトは消え、そうして誰もいなくなった。




