デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 壮絶たる意思試し Ⅲ
潜ってきた門のある壁面が遠ざかる。すっと、蜃気楼であったかのように歪み、桜の巨木も。遥か遠くへと遠のいた。
数百メートル離れて顕現した。そして、こちらへ――
幾千にも及び、何十連にも連なって押し寄せてくる、槍のような根の軍勢、槍衾のように。
「最初は力押し、小手調べという訳か」
そう、ぼそりと呟いて、半ば消えたように見える、残像すら碌に残らない速度で、少年は突っ込んでゆく。
かの鎧はない。無数とも思える根を切り払う所作とは思えない、小さく鋭い、片手での、横薙ぎ気味な、くの字斬り。
往復。往復。何度も何度も。音もなく、残像すら残らず。威力は散らない。折り重なるように積み増されてゆき、接する数と密度が上がったそれらをとうとう、剣に触れる前に、剣圧だけで粉砕す。
剣を振るう速度も気配の大きさも最初と変わらないというのに。
そして、桜の巨木の前に到達したというところで、剣を後ろへ大きく引き払いながら、足を止めた。
真後ろ。
そこは既に、紅の花びらを満開にした、呪われし桜の巨木の先ほどまで見ていた面の裏側。距離を取った際に仕込みは既に成されていたのだ。
樹皮が――弾け飛んだ。
木目に逆らうようにつけられ、えぐれ、半ば腐った、大きな傷口が顕わになっている。木の傷口。それが、向こう側へと貫通していたことを少年は気付いていたのである。更に、この微妙な位置を錯誤させる仕掛けも読み切った上で、置いた斬撃という神業で、勝負打を入れてみせたのだ。
「最初から全力を出すか、搦手に徹するべきだっただろうな」
と、振り返りながら、実につまらなそうな表情で、剣の少年を握った右手をおおきく振りかぶって、斬―…
刃は届かない。
肉と骨の砕けた音がした。
人間態に戻りゆく剣の少年。少年の右手からするりと、べとりと、ねっちょりと、落ちながら、人の大きさになってゆき、倒れた。
「が、あ……あ……」
それは刀の少年の声ではなかった。
音を立てて、斜めに滑り落ちてゆくように、既に巨木は両断され終わっていた。
へし折れた刃の残骸がわずかに残った剣の柄を握った、振り終えた後の左手。
魔法の剣ではない。ただの、それなりに良質なだけの普通の剣。
少年は魔法使いでありながら、本質的に騎士であり、その業前は達人の域。人の範疇を超えた存在にも十分に届く、ある種魔法の域の剣技。
業も使わずに、当たり前のように。二の手を放っただけ。
「情報は得ようと思えば得られた筈だ。あえて得なかったのか、怠慢か、まあ、どうでもいい。彼女たちの負荷を解け。できぬなら、とどめを刺すぞ? それでも解除されるだろう」
「おみ……ごと……です……」
散った。
鮮血色の花びらが突風と共に吹き抜けていった。
倒れ、崩れながら、跳ねる巨大なそれを難なく跳ねて回避した少年は、柄だけになった物理剣を捨て、懐からエリクサーの瓶を出し、握り砕き、二つの小さな瓶を形成して、分けて包み込んだ。切り株となった根っこ側と倒木側に、それらをぶつけた。
着地し、横たわった剣の少年を腰から掴み、剣に変えながら、残像すら残らぬ速度で駆けていった。
瓶が砕け、中身が降りかかる音。励起し、生命力豊かに再生する音。逆再生のようにきっと、元通りになっていっているのだろう。
まだ半分。
彼女たちへの本能喚起は止まったとはいえ、影響はきっとまだ、色濃く残ったままだろうから。
損傷ではない。マイナスではない。故に、エリクサーは効かない。
だからこそ。力づくで、止めねばならない。
「瞬狼。踏ん張れよ。ここからが正念場だ。兄妹のような仲なのだろう。ならば、そういう仲に互いになるつもりでもないのに押し倒される訳にはゆくまい」
「貴様こそ! ……、いいや、貴様は組み付された方がいいのだったか……」
「……。けじめはつけるさ。流石の私でも、もう、疑ってはいない」
「……ならいい……」
「一応聞くが、両方私に来たりしないよな……」
「自惚れるな!!!」




