デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 壮絶たる意思試し Ⅱ
声が、おちてくる――
御知りでしょうか? 桜の樹の下には屍体が埋まっている。
わたくし、ですか?
櫻紅
そう、呼ばれております。
ただの樹木でありながら、呪木でもあります。
呪いのような願いをこべりつけられ、成りました。
賭けを見たい。命を。尊厳を。金を。権利を。自身を。自身以上に価値あると思える何かを。焚べる。注ぐ。熱を帯びる。赤く染まる。火などなくとも燃えあがる。
わたくしはあの博徒の残滓なのかもしれません。もしくは、焦がされるかのように写されたのかもしれません。
わたくし自身が場に、立つことになりましょうとは。
わたくしは、よき匂いを醸し出せているのでしょうか。なにせ、わたくしめは、いま、燃え始めたのでしょうから。
ずざぁあああああああ!
砂埃を巻き上げながら着地した。
この賭場エリアの入口。机も客も係員も全て引き払われている。
一目見て分かった。というか、それしかそこには居ない。
「こいつだ」
それは、幹に大きな傷を残しつつも折れず立ち、枝先に炎くすぶる、咲き誇った桜の巨木だった。
「そんなこと、待たずとも分かっただろう! 貴様が止めねば、仕留められていたやもしれんのに」
口なんてない剣から声が飛ぶ。少年の指が、その魔法の剣の腹を片手で掴んで、勝手な斬撃を不発にしていた。
「無い。そうだろう? 櫻紅とやら」
少年はその桜の巨木に向かって言った。
「ええ。そういう儀式結界でしたので」
おしとやかで上品で落ち着いた声でそう返された。
「ライト。我を握れ!」
少年の手から抜け落ちる為に人の形態に変化した剣の少年がそう言った。
「……。何処を掴めばいい……。股座とは、言わないよな……」
「阿呆!」
そう、剣の少年は、主たる少年の手を握り、すっと、一瞬で剣に変化した。
「ふぅ……。調子が狂うな。待たせて済まないな」
「構いませんよ。そういう遣り取りは見ていて楽しいものですから」
「場なんてものをわざわざ魔法として行使する存在なのだから、物好きであるのは当然か。さて。私はライト。ウィル・オ・ライト。こいつは確か――瞬狼。だった……? だったよな。……。ええと。私はあんたと今から、決闘という名の賭けをしたい。私が勝てば私の彼女、私の鎧、そして、あんたのパートナーの伴侶? を苦しめている賭けを無効試合にして欲しい。で、なんだが、あんたが勝ったらどうする?」
「断るとは思わないのですか?」
「無い。それはあんたの在り様に反する。自意識を、人格を、無くしたくはあるまい」
「できれば失いたくはありません。それでも、いずれその時は来ます。早いか遅いかだけ。ですから、望むべくは、機。相応しい、満足のいく散り様であれば。ウィル・オ・ライト。貴方にはその身体を賭けて貰うと致しましょう。この園の縛りには違反しております。けれども、今の支払いの相乗が望める最中では、通ります」
「構わない、と言いたいところではあるが、その場合、望む通りにいったとして、あんたを待ち受けるのが何であるか分かっているのか? 死ぬぞあんた」
「?」
「嘗めてはいけない。魔女の愛を。軽く見ていた。今日まで。だが、思い知った。彼女は紛うことなき魔女。あんたどころか、あんたという世界ごと、滅ぼしてみせるだろう」
「そうはなりません。貴方こそ未だ軽くみていますよ? 貴方が死してなお、滅されてなお、彼女は、もはやなき貴方に恥じないように在ろうとするでしょうから。もう、逃げられないのですよ? あの魔女が、貴方以外に股を開くことは決してないのです。狂えないことに狂って、そしてどうなるか、といったところでしょうか。壊れるだけで済めば御の字ですが。もしかして、疑っています? 彼女の愛を」
「……。かも知れないな。私でなくても良いのだと思う。偶々、私だったというだけにすぎない。不甲斐ない男だと思うよ全く。だが、選んで貰えた。それだけで救われた。全てを捧げるに十分過ぎる。となると、彼女に引っ張られ私の生も長い。二人の、かつ、一生に一度。それが綺麗か汚れてるかは無視できない大事なことだと思う。私の痂疲は彼女の痂疲にもなる。共有するもの故、な」
「独りよがりな愛ですね。剣の人はどう思いますか? あら。無視を貫くおつもりのようで。武具としての当たり前の力。ですが、この場ではある種のズルともいえるでしょうか」
「そろそろいいだろう? 負けるということは、失うこと。この場合、全て。ここ一番というときは、いつもそうだ。誰にとっても変わらない。負けたら終わり。あんたの契約者も同じ考えだと思うが?」
「彼との契約の主導権はわたくしの側にあるもので。どちらかというと、彼の、というより、わたくしの考えですね。彼は負けてでも勝つ、勝っている、というタイプですよ?」
「その古傷は奴に負けた時につけられたものか?」
「いやですねぇ。気にしてますのに。わざわざありがとう。分かりにくく引っ込めていたのに。彼が想い出してしまったらどうするのです?」
血潮が幹の傷口から沁み出し始める。それはまるで、樹木のそれではなく、人の血のよう。
「卑怯とは言うまいな。当然狙うぞ。こちらも代わりと言っては何だが消耗はしているのだから。精神が。正気が」
「雄々しいものですね」
少年は言葉を返さず、構えた。
「死にはしませんが、何を失うことになるか分かりませぬよ? 勝ち負けが決まるまでに」
「そんなこと、当たり前のことだろう。取り決めを書面に纏めたいなら、煽る前にそう言え」
「必要ありませんよ。彼と同じです。覚悟が決まっていて、揺らがない。ごねることはないでしょう。貴方も。わたくしも」




