始まりの園 辺境 逆巻く彼方の陽影の城 Ⅲ
「おぉぉ、おぉぉぉぉぉ、広い。それに、随分と活気がある」
露店が、やたら多い。というか、見渡す限り、露店ばかり。
主に食べ物の屋台などが主で、次に、食材をそのまま売ってる大きめな店がちらほら。だからか、人の数は多い。
その誰もが、食べ物ほおばってるか、袋に詰め込んだ食材を重そうに抱え運んでいるかで、他の何かを手にしていたりする様子はない。
だからここは物凄く広い場所なのだと少年は思った。食以外の生活必需品を仕入れる場所は必ずある筈なのだから。
「そりゃな。さっきまでの場所が、外と【始まりの園】の関所で、ここからは本格的に【始まりの園】の中だからな。ま、あくまでここは外縁部に過ぎないが」
先ほどまでいたのは、一本の塔の中。中へと続いていた光の道は、もう消えている。そんな塔は、壁面である、高く聳える
黒を基調に、白を部分的に散発的に含んだ、闇色の煉瓦。それを積み重ねた、高く聳える城壁は、人間の数倍の大きさはある巨人の全身であっても隠せてしまえそうな位高い。その上、頂付近は内側へ巻くようにせり立っている。
「あの爺さんの領土の一部である城下だここは。あの爺さんはなぁ、ここを提供することを対価に、新しく園へ招かれる者のうち、自分の気になった奴を、あの爺さんの基準で再度審査に掛ける権利を手に入れてんだよ」
「師匠……も……?」
「あぁ。そんときからの因縁があってな。俺んときは割とガチな殺し合いだったよ。ズルいよな、ったく。こっちは定命の者だってのによ」
「……」
「ま、だから気にしてもしゃあねぇ。あの爺さんが知ってることはあまりに古過ぎて、真偽も糞も無ぇんだよ。裏付けのしようが無ぇ。確かめようも無ぇ。まっ、あの感じだと、お前のやったことを糾弾する権利は騎士としては、お前の装備以外には無いってことは確かだと思うぞ。ま、今度あいつにでも会ったときに答え聞いてきといてやるよ」
「……」
「だから気にすんなって……」
「じゃあ、凹ませないでくださいよ。はぁ……」
二人がそんな遣り取りをしてる中、街の人々は特に気にすることもなく、通り過ぎていくのだった。
がぶり。じゃりり、もぐ。もぐ。
片手に、リンゴのたんまり入った袋を持ち、肩にひっかけ後ろに垂らし、もう片手に持つリンゴを、齧り満足そうな少年。
その少し後ろをゆく、袋サイフの中身の貧しさに、ちょっと悲しそうな顔になる男。
それで手打ち、ということになったらしい。
なお、少年のそれは素であって、男のそれは演技である。何故なら男には、少年のお蔭で、くっそ大量の【鉄馬】の遺骸がある。
だから、そのことに触れられず、安く済んでしめしめ、とか実は思っている。
そんなどうでもいいことは置いておくとして。
「【始まりの園】への経路というのは、入口までは、幾つかあるルート毎に定められた条件を満たすことと、証の真なる持ち主であること。入口からは、それぞれのルート毎に定められた入口と繋がった外と内との関所を通り、辺縁へと繋がっている。入口と関所の組み合わせは不定期に入れ替えが行われるから、その時にならないと誰にあたるかは分からねぇ。ただ言えるのは、当たりなんてものはなくて、全部外れだってことだ。どいつもこいつも、碌でなしや、人でなし」
「成程。人の出入りを減らしたい訳ですか」
「ま、当たらずとも遠からずってとこだな。頻繁に出入りを望むような奴はだいたい、曲者揃いだから、別にそんなの気にしねぇ」
「……。まさか、ですが……」
「おいおい……。鋭いのか鈍いのかどっちなんだよお前は……」
「私、仮にも、団長候補としての扱い受けてたんですよ……? 想像させないでくださいよ……」
「ま、今度は当たりだ。【始まりの園】が絞っているのは、内から外への、権利なき者の逃亡、だ」
「……。子は関係ないでしょうに……」
「ま、大丈夫とは思うが、外へ出る資格を得るまでは、絶対そういうことは避けとけよ」
「嫌なレクチャーですね……」
「そうか? 後の祭りになんてなるよりゃ、マシだろう?」
「それもそうですね……」
スッ、ガリッ!
ちょっと乱暴に、取り出したリンゴを齧り、噛みしめた。
「ライト。そろそろ機嫌直してくれよ……。頼むって、リンゴ、1個分けてくれって」
「イヤです」
「ケチィ」
「ケチなのはあんたでしょうが師匠。金なら余りあるでしょう? ほら。あの【鉄馬】の遺骸が大量にあるではないですか。しかも状態は極上。表面加工しなくても使えるくらい状態良いものばかりですから、別に物々交換でもいけるでしょう? お釣りさえ諦めてしま…―」
スッ、スタタタタタ――
「待てっ! 泥ぼ…―ってぇ、何故止める、ライト?」
「あんたが大声で自分たちは金ヅルですよって宣言してたからですよ。それに、相手は子供ですし、危機感も碌に感じられなかった。麻痺しているとかそんなでも無さそうでした、だから多分、結構な時間食うことになったでしょうし、それで取り返せるのはした金でしょう? じゃあいいじゃないですか。それにですね、金なら私も持って……。あっ……」
「ぷっ。スられてたの気づけもしなかったのかよっ。ははははははは」
「……。行きましょうか」
少年はそう、少し強い口調で言う。そして男は尋ねる。
「何処へ?」
「しらばっくれないでください。【鉄馬】の遺骸。高く金に換えるツテあるんでしょう? あれだけ数あるのに渋ったってことはそういうことですよね? それに、あれだけ手に入ったの、殆ど私のお蔭ですよね?」
「分かったよ……。『断罪の門。我ら、咎無し。唯だ、通せ』」
ウゥオンン、グォゥゥッ――
赤熱色の、靄のような渦が足元に展開され、男は分かっていたからすました顔で。少年は不意のそれ、落下にびくん、と助けを求めるように手を伸ばすが、それを掴むものは何もなく、渦は消え、赤熱の靄漂う空間を、ただ、何処か下方向へと落ちていく。




