デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 賭場の握手 Ⅲ
開けた場所だ。
特別に誂えた場所でも無い。先ほどまでいた場所から、卓と人を除いてしまえば、類似の光景になることだろう。
どうしてこの区画を使っていないのか。
内緒話や人目を避ける意味合いでも不十分。いるのは大半、魔法使い。距離も遮蔽も、魔法的な対策が施されていなければ意味が無い。目が良い者であれば、肉眼でここにいる自分たちを視認しようと思えばできるだろう。
並べられた石の椅子は、唯の四角い削り出しの立方体。名の無い墓石かと突っ込みたくなるような、良い石を使っている。黒光りするほどに光沢があり、もしかして、彼らの中での高グレードというのはこういうものを指すのかもしれない、とか、些細なことばかり目に入る少年。
彼女は何も言わない。少年と違って周囲を見渡すこともせず、こじんまりと座って、その表情も身体もこわばっている。
専属応対人(仮)は立っている。その巨躯で人外な身体に合う椅子の用意が無いから。
そして何故か、ターゲットも同様であるようで。そもそも、浮遊しているのなら、座るなんて概念、必要無さそうである。
だが、そうなると、わざわざ座るものを用意しているのは――
ここにきて、登場人物が一人増える。
見掛け通り――である筈が無いだろう。
幼な子だ。
小さな女の子。赤子、ではない。幼児といっていいか際どいくらいに幼げである。どれくらいかというと、カタコトで、単語をいくつか並べるレベルの言葉での会話がやっとというくらいの。
当然、足は地面に届かない。石の椅子は自分たちに用意されたのと同じ。
ぶらぶらとする足は何とも幼げな短慮さを体現している。
つまらなそうな顔をしている。
その顔つきは、何故か、幼女のそれというよりは、美女のそれ。鼻は高く、目はくりっとしていて、二重で、睫毛が長く、眉毛は産毛のように薄い。ココア色の肌に、桃色掛かった毛色。そのおかっぱには光沢がある。瞳は薄緑で明るく輝く。ガラス玉っぽさなんて全くない。生きた生の人間のそれだ。
背丈は1メートルも無いだろう。
着ているのが、柿色無地の着物で振り袖、灰色の帯という、異様なもの。
それで似合っているように見えるのは、素体の見掛けの完成度の高さ故。
どうしてここにきて出てきたか。
明らかだ。
ここの賭け。カップル対カップル。どれもこれもそうだった。だからこそ、見掛けなんて宛てにならない。これは幼な子の皮を被った人外であり、ターゲットの相方。
「疲れはしないかい? そんな風に思考を回し続けるのは」
「基本だろう? これくらい。寧ろ、賭場の中で思考を止めるなんて、何処の莫迦だ? それが分からん奴が多いことは否定しないが」
「唯の興味だよ。見てのとおり、刹那的な生き方してるものでね」
「胴元の立場でか?」
「そんな安定志向に見えるかい? では、ここいらで一つ。ここまで付き合ってくれたお代を支払うとしよう。折角だから、作り笑いを浮かべて貰えるかい? わざとらしく」
そうして、少年とターゲットの薄っぺらい笑いが飛び交った。
作り笑いはとうに止まっていた。
空気が少し冷え冷えとしたものに感じられる。
「そろそろ説明してくれ。私の後ろに彼らは、どういう仕込みだ?」
待つことを止め、少年は口を開いた。
「君は魔法使いというよりは武具で武装する者。手足の延長のようなそれらが、そこに無いということに気付いていない訳が無いかと」
「そういうことじゃない」
めりっ、と少年は、自身の顔を鷲掴み、頭を垂れる。座ったままやるそれは、実に疲れて見える。
「彼女と話しているあの二人は、一体どういうことなのだ……?」
「君の剣と鎧だよ。彼らは生きている。知っているだろう?」
「聞いてない……! 聞いてないんだ……。人間態になれる、だなんて。聞いて……ない……」
心の奥底に必死に、落とす。どうしようもない焦燥。
「そういう顔が見たかったんだ。こちらの力云々じゃあないよ? 君は条件を満たせなかった。たったそれだけさ。これでも昔はやってたからね。騎士。君と同じような本物の騎士。元、ではあるからメッキだったかもしれないけれども。それでも、君よりは色々詳しいし、施してあげれることも幾つかある。で、どうする?」
「賭ける物に依る」
「きちんと彼らの身体をテーブルに乗せてあげるよ?」
「……。駄目だ。こちらの問題だ。巻き込むな」
「おっと?」
「嘘と真の入り混じった臭い。余興七割。欲望三割といったところか。気づかないと思ったか? 賭けの舞台に乗せるまではいい。だが、それならば、私にではなく、彼らにこそ問うべきだろう? やるかどうかを」
「随分な甘ちゃん具合だなと。どうやら違う、ということでいいので?」
ここにきて初めて。自分にではなく、手元の幼な子へと問いかけている。そして、また、少年の方を向くのだ。ターゲットであるその存在だけが。
少々宛てが外れた。
親分肌ではない。
博徒としての性質はありそうではあるが、親分気質は無いと見ていい。つまり、楽しい勝負にはなりにくそうだ。セーフティーネット程度の保障の人員を置いた上で、客に好きにやらせていたことからは、だいぶ印象がずれる。
あくまで、自分たちは客だ。
楽しみに来た。
不快にさせられるために来た訳ではない。負けた結果なら仕方がないだろう。勝負に乗った後なら、まあ、許容するさ。煮えくりかえったとしても。
しかし、これは何だ? まだ勝負の"し"の字も出ていない。だというのに、これ程に、焦らされている。弄り倒されている。
(仕事で来ている訳では無いのだ、こちらは)
(彼女との今後が掛かっている)
(糞みたいな悩みが胃にもたげる今、もう流石に、馬鹿らしくなってきた。これ以上は時間の無駄だ。切り上げる。が、潰しはしない。ただ、立ち去ってやる。駄賃は受け取ったしな)
「問答を長々と続けるつもりはない。世界ごと壊されたくなければ、これで終いにしろ。帰るぞ! 青藍! それとそこの二人! 係員さん。元に戻せるか?」
「く、ははははははは! 何寝ぼけたこと言ってやがる? ここはとっくに、腹の中だ。化け物のぉぉ、なぁあああああ! 自縛は既に成っている。白黒つかなきゃ、終わらねぇぇぇ!」
声が、高鳴るように歪み――形を成して、現れた。
実体。
本性。
正体。
半ば、炭化する程焼け焦げた後の肌。残った肌色は浅黒い。髪はちじれてはいないが、波打っていて、ギザと思える程長い。流れる前髪で左目が隠れ、右目の下には深い隈が。
濁った瞳だ。
性根がどうこうという話ではない。瞳そのものが物理的に濁っている。まるでそれは――死人のよう。
唇は青白く血の気が無い。青黒い爪先。少年を挑発するように、突き立てている。
背丈は並み。痩せているが、ガリガリではない。薄く自然な筋肉が張っている。羽織った着物ははだけていて。実にニヒル。
線香と、黒煙の臭いが混じって漂ってくる。
足は地面に、しっかり付いている。浮かんでなんていない。
その死人の目は、死人の唇は、躍動感をもって、愉悦を露わにしていた。




