デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 賭場の握手 Ⅱ
そう、得意げに畳みかけた――つもりだったが、
「いいえ。胴元の利益を権益を侵害することになりますので」
透かされる。
しかし、狙いの一部は達成した。
ここは場。賭場。そして、用意された係員たち。なら、それらを取り仕切る、この場全てを総括する何者か。胴元が存在することを確定させた。
「だろうな。正確には、その胴元である係員の食糧、といったところか?」
「そんなところですね」
「騙し騙されの愉悦と悲嘆がお好きということか。そうでもないと、この手の場所はどうしたって、心が荒む。向き不向きが大きく関わるものだからな」
周囲を見渡しながら、答え合わせでもするかの如く、口にする。
「ライト……。引き返さない……?」
彼女が袖を引きながら、少年に上目遣いで、不安そうに言った。
「わたくしも撤退を推奨致します。貴方様の元来の目的に合致しないことが確定したのですから」
専属応対人(仮)もそれに乗るように。
少年も、専属応対人(仮)の言いたいことを理解している。元来の目的。彼女を楽しませること。何よりも優先すべきそれが蔑ろになっていないか、と、窘められているのだ。だが……、もう、そうは言えないのである。理由があった。彼女と専属応対人(仮)は気付いていないが、少年だけは気付いていた。よく知っている空気感だからだ。
「そうは言ってもだな……。目を、付けられている。気づいているか?」
賭場で派手に動いたりしたとき、その場の大本、つまり、胴元もしくはその近辺が反応し、彼らの食指や感心がこちらに向いて、狙われたとき。
今回のそれは、これまで味わってきた中でも、上から数えた方が早いほどの、手練れの雰囲気。
「別に売られた喧嘩は全て買わねばならないという訳ではないでしょう?」
「そうよライト。無理やり受けさせたり、受けるまで閉じ込めたりなんて方法を向こうは取れないでしょうし」
少年は言葉を返さなかった。もう遅いぞ、と。
「愉しそうな話をしているね。混ぜて貰って構わないかな?」
ほら。来たぞ、と。
ねっとりと纏わりつく、ざらついた声に、内心、面白くなってきたぞ、と熱を帯びてきた。
「あ…―」
少年の言葉が意味を為す前に、専属応対人(仮)が制止した。少年だけには留まらず、少年に同調するかのように続こうとする彼女をも。
「答えてはなりません! 青藍様も! わたくしを通じてやり取りしてください。賭氏。成約済みです。彼らはわたくしの…―」
「固いねぇ。そして邪魔で、何より無粋。ここは公正な決闘の場。それ以上でもそれ未満でもないよ?」
影だ。影が、喋っている。きっと、ローブ姿の。足は――ある。しかし、浮いている。影、というより、煙に近い? 平面ではない。立体だ。目の錯覚か? 平面と立体を反復横跳びしているかのような。
実体か? それとも、そういう魔法か? はたまた、人外として備わった性質か? 私よりも僅かに大柄な煙のような影。影のような煙。しかし。そのような、霞を掴むようなものだからこそ、推定できる大きさになんて何の意味もない。
「公正と公平の違い。意地悪な言葉遊び。息をするように、気づかなかったお前が悪いのだと裏に縫い付けて渡してくる。そんな貴方が大嫌いです」
「水に流してはくれないのかい? もう時効だろう?」
「夫が助けてくれなければ今頃わたくしは…―」
わざとらしさすらある。演技だとするならば。演出だとするのならば。だが、純粋にそれだけ、とも思えない。ならば、
「あんたでは駄目なようだ。因縁がある。加えて、そんなあんたが私たちの専属応対人(仮)となると――はは、相当に執念深いと見る。この人から取り立てたい何かが、あんたにはあるという訳か」
こうだ。こいつの正体を知る必要はないし、知るための最低限の情報すら得られまい。だが、こいつのスタンスくらいであれば、把握することはできるだろう。それに偶には――悪ぶるのも悪くない。
「ライトさぁ……、はぁ……」
そんな少年に対して、悪役ぶって、だなんて、無粋に言葉にはしないが、呆れはきっちり態度に出す。
「ふはは。さて。係員さん。目の前のこの胴元に、貴方たち夫婦が奪われたものは何だ?」
悪趣味だ。それに、どうしてたったそれだけで、そこまで読める? そう突っ込まずにはいられないような少年の振る舞いは、まるで演じているかのようにわざとらしい。
「……。人としての体……です……」
答えは望んだ範囲に収まって返ってきた。
少年はその答えを聞いて、何やら思惑を巡らせているようである。申し訳なさも、疑いの目も、まるで持っていない。そんな答えを返答の可能性の幅の一つとして想定できていて、難なく受け止めてしまえているのだ。
彼女は反応に酷く困っている。そんなもの聞かされてしまったら、もう、ただ俯くことしかできないし、少年を止める手段も思いつかない。
そして、
「ほぅ」
ターゲットの食指は確かに動いた。少年の狙い通りに。
賭けは胴元と直接やるに限る。テラ銭が無く、勝負は運否天賦を廃した、実力勝負になりやすい。但し、事前準備、仕込みあり、のという但し書きが付くが。イカサマを織り込んだ勝負、ということ。
「おぉ。こわいこわい。だからこそ、種も仕掛けもありません、とはならないだろうなぁ」
そう少年は、言外に匂わす。分かった上で受けてやるよ、と。
「いいねぇ。場所を移そう。お代は真の姿、で如何かな?」
そう言われ、少年は口を歪ませ、頷いた。
彼女も専属応対人(仮)も、もう、呆れて、制止をやめた。
その言葉が指し示す折り重なった意味を、少年たちは行った先で知ることになる。




