デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 賭場の握手 Ⅰ
「ペアな客たち。看板を持って控えている係員が審判。看板にルール掲示。審判が常についているかどうかは、回転速度とイカサマ防止の監視が必要かどうか、か?」
少年は、彼女の方を向くことなく、しかし、彼女に十分聞こえる声で、ぶつぶつ呟く。
「何れにせよ、オリジナルの遊び、か。元ネタの分かる程度にカスタムが入ったものから、一見見たこともないものまで。だが、どうだ? 一から考えられるような頭を持つ者がどれだけいる?」
問いかけているようで問いかけていない。少年一人の中で完結している。脳内思考の垂れ流しでしかないからだ。これは。
「ここ目当てに通い詰めている者がいたとして、一方が有利過ぎるならば、場として維持できはしまい。と、なると、既存の遊びの変形程度といった度合いに収めている、と見るべきだろう。経験による有利不利が著しくなるもの頂けないしな」
手を引かれたままの彼女の顔が苦笑いに変わりつつあるのにすら、少年は気がつかない。熱が入り始めているからだ。本来の目的が迷子になりつつある。
「ライト様。青藍様。如何いたします? 係員側か、客側か。胴元には条件を満たさなければなれません。なお、条件は提示されておりません」
やけに反響する、けれども、無機質ではない、確かな肉声。か細い女性の澄んだ肉声。白磁の、口のついた、目も鼻も耳もない、無毛な、人の形をした、彼女よりほんの少し大きい程度の大きさの人形が、出現したいた。
「っ!」
少年はふと我にかえった。
彼女はその影で、ふぅ、と息を吐く。
「急に現れないでくれ。予兆も無しに。次からは緊急でない限り、薄くでいいから魔力を漂わせてから、など、何だかの形で匂わせてから、一拍子置いて現れてくれ」
ある意味助け船であった、自分たちの専属応対人(仮)を、少年は助けられたことも気づかず、追い払おうとした。
少年のそのぞんざいな態度に見かねてそれを正そうとした彼女を、専属応対人(仮)は制しながら、彼女に読み取れるように、心の内を読み取れる形に表層に提示すると、彼女は観念したかのように、後ろに退いた。
「承知いたしました。驚かせてしまい申し訳ありません。それと、顔を出したのは緊急とは言わずとも急ぎではあったので。ライト様。貴方様は、なんかてきとーに目についたやつに挑みかかるつもりだったでしょう?」
何とも棘のある言い方に少年は何やら引っ掛かったようである。
「……。昨日は頭を使いすぎたし、変に疑り過ぎた。今日は軽く力を抜いて楽しむつもりだ。本当に不味そうなら青藍が止めてくれる。……。すまない……」
彼女の呆れの中に苛立ちが浮かび始めた、悲しく訴えるような表情に少年は自身の暴走に気付き、反省した。
そして、またやってしまった……と、項垂れる少年。専属応対人(仮)はまた、心の表層に、読めるように提示する。こうやって転がしてやるのですよ、と。
そして、少年と彼女に、不意な出現の訳を説明した。
「専属がつかずとも、初見の方には、釘刺しと、リスクを前面に押し出した説明で、冷静になって貰い、初見殺しでカモになられぬよう、冷や水を浴びせるのが、通例になって久しいのですよ。わたくしが来たのは偶々です」
少年とは違い、彼女は理解した。言われた通り。
この手厚さは、自分たちだから、という訳ではない。
ということは――それだけ危険であるということ。誰彼問わず、最初の警告が必要になる賭場。命以上すら賭けてしまえるに違いない。
(こういうのばっかり……。気を抜いたら、危険が隣に居座ってるなんて……)
「勝ったらすごいことになるのか、負けたら悲惨なことになるのか。いいえ、たぶんその両方かしら」
彼女はそう、プラスにもマイナスにもならない結論を口にした。
「心配し過ぎた。危険は、感じるか? 感じないだろう? 間違えない限り、危険に陥ることはない。賭けとはそういうものだ」
少年がそう言うが、彼女は全く安心できなかった。ここでいう間違えない、とは、つまるところ、こちらの負けが決定づけられるような何か。それは、勝負の場についてしまったことそのものかもしれないし、最後の最後で勝敗を決する二択を外すことかもしれない。
「言っちゃあ悪いが、君は恐らく、賭け事の経験に乏しいだろう? だから、言い方を変えよう。私が、負けを考えていないと思うか?」
少年がそう言って、彼女ははっとする。
覗き、伺い知った、深淵。負けるということの意味すら、自分の思っていたものと異なっている。負けることが、見方を変えると勝ちになっていることも。まるでそれは、賭けというより、勝負というより、ある種の交渉。数多の戦術を戦略で包んだ、戦争のような。
壮大なものを垣間見たかのような心地だった。価値観がひっくり返るような。自分が考えたそれより、少年の考えるそれは、規模も深さもまるで違った。
(ただ怖がるだけのことが、こんなにも、いけないのね……。そこで終わってしまってはいけない。立ち止まってしまってはいけない。わたしには未だ、踏み込めない領域……なのかもね……)
少年のそれは確かにこれは、専門家。一家言ある、一流の専門家と言って差し支えない。
「一応分かって貰えたようだな。意外な話かもしれないが、負け方こそ大事だったりする。時に、勝つ以上に」
彼女に対してそう少年は締めくくった後、専属応対人(仮)に訴えかける。
「詐欺師の臭いは確かにする。そこかしこから。私はその手の類の対処には慣れている。ある種、専門家といってもいい。加えて。彼女は素人でありながら、その能力故に私以上に適任と言える。そもそも、それぞれに係員がついている。故にできるサマも賭ける物品や契約など、無秩序とはならんのだろう? 以前はそうでなかったかもしれないが、今は完全な無法からはだいぶ離れているだろう? しかし、騙すだけの間隙はある。騙される方が、愚かなのが悪い、で済んでしまう範疇と、人の身でありながら失って言えるかどうかは未だ何とも言えんが。さて。私たちが嵌められぬように、ゲームの例と、ルールと、その運用、そして、契約、賭けのテーブルに乗せられる限度。君は、私たちが望むまま、全て話してくれるのかな?」




