デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 友の雄姿と手厳しい助言
卑猥な朝は漂白されて――二人共胸の内に秘め、何事もない朝が来て。チェックアウトの為に受付へ向かった彼女を廊下で待つ少年は、
「ブラウン少年……!」
思わず声に漏らしてしまった。廊下の死角から、横切るように自然に現れた、ブラウンとクァイ・クァンタ。
爽快な表情で、しっかりとした足取りのブラウン少年とは違い、クァイ・クァンタの方はというと、腰を庇うような歩き方であり、ブラウン少年以上に肌艶は良いのだが、疲労の色が見える。
少年は察した。
確かにここはそういう施設併設のホテルであり、見かけたということは、予期できたはずだ。すれ違うだけに留まらない遭遇を。どうして、今の今まで、頭の端にも引っ掛からなかった。らしくない自分になんとも言えない苦みを覚えた。
「ライト君も来てたんだ! あれ? 青藍さんは?」
「受付へ行ってる」
非常に気まずい。このなりで、この柔和さで、女慣れしているだけに留まらず、恐らく常軌を逸した絶倫なのだろうな、だとか、下衆な思考がぐるぐる回るのだから。
クァイ・クァンタの方はというと、自分に話しかけてくる気力すら無いらしい。ブラウン少年の隣で、腰を労わりながら、侍っているだけ。最初の頃の彼とはもう幾分違う。自分が最初から決めつけていただけかもしれないが。
「ライトくん。敢えてぶっこむけど、いい?」
「何をだ?」
「下世話なお節介」
「は……はは……」
自分のクソみたいな思考が読まれたのかと罪悪感と情けなさに萎縮させられる。
「肉体関係持つつもりなら、学園に帰る前に、ここで済ませた方がいいよ」
「!?」
「ライト君がそんなふうに取り乱すなんて新鮮だね。でも、おふざけでも無いんだ。本気で言ってる。ここでは、プライバシーが守られる。痴態が誰かに暴露されることなんて絶対にないから。お代にもなるしね」
ブラウン少年の微笑を浮かべながら目の笑ってない様子と、側のクァイ・クァンタの表情に落ちた暗い影は、一悶着あったことをうかがわせてくる。
彼は強者だ。力強い先達であり、だからこそ、頼るべきだ。
「……。そのつもりだ。機は熟してしまった。よりによって今朝。彼女にはバレたかどうか、恐ろしくて探れもしない。そんな私が最後の一歩を踏み出すには、どうすればいい……?」
望むのは強者の目線からの助言。つまり、王道といえるであろう道しるべ。
「そうやって詩人みたいにふわふわするの、辞めたらいいんじゃないかな。青藍さんはそれでも分かるかもだけど、伝われさえすればいいってだけのものでもないし。直球でいいんだよ。青藍さんなら喜んで受け止めてくれるから」
微笑は消え、真顔でそう言われてしまった。
それができたら苦労しない、と返したいところではあるが、それを言葉に出すと、相談した意味が無くなる。
できようもないことをやれと言われている訳ではないのだ。昨日の彼女への暴露と比べるとずっと敷居は低い。
「じゃ、僕らは行くね。こんな話しちゃった後に顔合わせると気まずいし、色々よくないと思うし」
と、ブラウン少年はいつもの調子に戻って言って、隣のクァイ・クァンタを労りながら、ホテルから立ち去っていった。
昨日の夜のことを互いに明かすこともなく、それでいて、昨日よりもすっきりとした顔つきの二人が向かった先は――
公園エリアから出て。北。そこは、他のエリアと趣が異なる。主体が係員ではなく、客。客が客と楽しむ場としてそこは形成されていた。
卑猥な意味ではない。
そこは、場として用意されていた。
場。
賭けの場。
つまり――賭場、である。
魔法使い同士の賭けである。様々な世界からの。故に、賭けのテーブルに乗るのは、金品の類だけとは限らない。
「【ごっこエリア】っていうにはガッチリしてそうね」
木製の門を通り、黄土色の土壁と塀瓦で囲われた広大な領域に出る。
砂利が敷かれ、大きさの異なる丸石による石畳が敷かれ、穏やかな陽気と、爽やかなそよ風が緩く吹く。塀の向こうは、何故か、森が見えた。外からは、森なんてものは全く見えていなかったのに。空を見上げると、僅かな雲と過半の青。
活気がある。
喧噪ができあがっているというべきか。
これも、中に入る前は全く聞こえてきていなかった。
騒がしさに人の量。しかし、縁日、という訳ではない。彼らの衣装は魔法使いのそれであるし、神輿や出店の類は――神輿は無いが、出店の類は点在している。
それ以外は、乱雑に、大量の小さな丸椅子を高くしたような丸机。日焼けして白く褪せたそれを挟み、向かい合うカップルとカップル。彼らの表情が、ここは憩いの場では決してないのだということを証明している。
「ごっこ、では済まんだろう。賭場だぞこれは……」
と、少年が大量に並んだ、賭けの場の一つを指差した。
大量の、小さなテーブル。向かい合って対峙する魔法使いのカップルたち。そして、幾つかのテーブルを監視・監修しているらしい係員。このエリアの係員は、霊体系のようだ。確かにそれだと、複数のテーブル間の移動は容易く、監視範囲を広く維持できる。
「ほら。アレを見てくれ。カード賭博の類のようだが。負けているあちら側。金、じゃあない。負けて奪われているのは、気力だ」
「あっちはまた趣向が違うようだな。ただのジャンケンのようだが。勝ち金として乗せられているのは運気らしいぞ? 恐らく、どちらかが枯れたときが真の勝敗が決したときで、取り立てが行われる、ということだろうか?」
「意外ね。好きだったりするの? こういうの」
「かも知れん。よくやったんだよ。仕事の一貫でな。昔取った升柄ってやつだ」
血が……滾る。
運否天賦ではない、アナログな勝負。
賭場を潰した。
一度や二度ではない。
騎士として。違法なそれらを。真正面から叩き潰した。
(あれを楽しかったと思える自分は確かに、この手のことが、好き、なのかもしれないな)
少年の口元は、自然とつり上がった。彼女の手を引いて。傍観者から、参加者へと転じようと物色を始める。
そうして、共々、そんな賭場へと一歩を踏み出してしまった二人。この瞬間に、昨日以上に、今日が奇想天外で、かつ、より卑猥な一日になることを決定づけてしまったということを未だ知らない。




