デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 暴露と秘密の夜 Ⅲ
穏やかな夢だ。
それが夢だと分かるのは、自意識があるから。
夢だ、と。
何せ、自身は空間に浮かんでいる。白く、柔らかな靄が漂う空間だ。
遠くを見ると、靄は薄くなり、闇が広がっている。果ては見えない。
自分は、横たわって浮かんでいる。
着の身着の儘どころではない。何も纏っていない。
近くに彼女の気配は無いし、隠れている様子もない。そもそも、今、彼女が自分から隠れる意味なんて無い。
陽だまりにいるような心地だ。
風は吹いていない。
穏やかな暖かさに包まれている。
奇妙な夢だ。
途中で夢だとか気づくのではなく、気付けば最初からこの状態で、最初から夢だと分かっている。根拠などありはしないが、夢であることを否定する材料もありもしないのだから。
こんな場所でくらい、気を緩めてもいいかもしれない。
折角、溜まっていたものを吐き出せたのだから。
彼女は――引いていないだろうか。
……。
分かったとて、変わらない。
どちらに転んでも、私はきっと、悩み続ける。
悩みは打ち明けた。
彼女は、きっと、受け入れてくれた。
されど、解決した訳では決してないのだから。
目を、瞑る。
夢の中で、眠る――だなんて、洒落か駄洒落か。
直に、この考え過ぎな頭も、負荷から解放される。深い眠りにつくのだから。
目を閉じると、自然と思い返される、今日のこと。
まるで他人事のように俯瞰する。
記憶力は元から良く、夢の中であることも手伝って、鮮明に思い返される。
ホテルに入ってから。
始まりはそこ。
それまでにも散々色々あったにも関わらず、始まりがそこだったことから、彼女への暴露こそが、自分にとっての今日の核心なのだと認めざるをえない。
自分のことばかりではないか。
考えなければならないことは他にも色々あるというのに。
だが、夢の光景は切り替わらない。
部屋で。
並んで座って。
暴露が始まる。
言葉通り、暴露。
心の内を曝け出しながら、身体も曝け出している。
彼女の手が、悩みの根幹に触れる。
痴態にも程がある。
雰囲気で流して何てことをやらせてしまったのか。
触れてしまった彼女も彼女だとは思うが、やらせたのは自分だ。
愛想……つかされないか……? 流石に……。
もし、反応していたのならば、どうなった、の、だろう……?
もしも、だなんてもの。普段であれば、そんなものは意味がない、と切って捨てて、形にもならない。しかし、ここは夢の中。
どう、なるか。
そのもしもを、さもありなん、と鮮明に想像した、の、ならば――?
階段から、足を踏み外す類の夢と同じ。
それは、現実へ、反映される。
未知の快楽と共に、目を覚ます。
咄嗟にのびていた右手の掌は間に合っていた。
片手では! 両手でも、足らない……!
無機質な覆いの感覚。
布団の下。
硝子の壺、いいや、瓶だ。
どっしり、重い。掌には何も残っていない。が、両掌は、瓶の口の中。
腕と腕、掌を内で、圧迫しながら、掌を強く合わせ、血の気が引く両掌。シュッ、と抜きながら、ベッドに着地する前のそれをキャッチする。
何だこれは……。
馬か私は……?
硝子の瓶は、瓶自身の重さを差し引いたとて、見違えることなく、ずっしりと重い。
落としそうになった瓶を、辛うじて、抱え、事なきをえる。
瓶の下。自分のそれは、痕跡を残している。
垂れてはいない。瓶の中に、転移され、ぽとん、ぽとん。
理屈も糞もなく、焦りに流されるまま発動したその魔法は、この酷い状況を隠す為に、都合が良かった。
彼女は――眠って、いる……! 何故……だ! あぁ……! 糞……! 何たる変態仕様! 魔力を強く纏った瞳で見れば、透けて、見える、か……。
魔力が乱れ、散ったことで、それが分かってしまった。
彼女の身体。他ならぬ彼女の身体。もう、昨日までにはもう戻れない。こんな目で、彼女を見るように、なってしまったということ。大人になったということは、そういうこと。
瓶に追い打ちのように、滴り、溜まった。
確かに、滾っている。
程よい疲労感と脱力感はありつつも。
魔力の調子は恐ろしくいい。碌に練りもせずに、魔法が魔法に。それもこんな複雑で都合の良いものが。
幸いにも、彼女は眠っている。
言っちゃあ悪いが、彼女は、師匠の彼女と同じように、縛られている。約束された淫乱といえる。
そんな彼女が、顔を赤らめる様子もない。顔に出していないとて、他の箇所にも変化はない。
瓶に追い打ちのように、滴り、溜まった。
今は自分のことを考えるべきだ。
自分の方が、今は大概、不味い。
簡単な話だ。中身を破棄し、瓶を消し、身体を清め、無かったことにすればいい。ベッドには痕跡は残っていないのだから。
シャワーを浴びて、ベッドに入ればいい。
大量の湯が、全てを無かったことにしてくれる。
幸いにも、まだ、夜。体感、まだ朝へは猶予がある。これが朝方だったなら、このような大胆な方法は採れなかった。
そうして、少年は、ベッドから、音もなく、跳び上がり、音もなく着地し、中腰で、忍び足で、シャワールームへと向かっていった。そうやって無駄に技術を使いながら。
振り返る余裕すらない。
彼女は鋭いのだから。未だ夜だとはいえ、いつ目を覚ましてもおかしくないのだから。
証拠物の破棄さえ見れれなければ、シャワーを浴びていたことにも幾らでも言い訳できる。兎に角、急ぐのだ。
少年の考えはガバガバだった。
ツッコミどころ満載である。
考えが至っていない。何より肝心な、それを処理していない。
残り香を。
そして、もう一つ。
彼女の魔法の特性。隠すこと。彼女はそれに精通している。
隠していたのは少年だけではない。
餓えたことを隠した。
意識を隠した。
身体の反応を隠した。
少年のそれに触れる下りの前から既に、彼女は、自分自身を覆い隠し、偽っていた。
故に。
眠れる筈がない。
火照って疼く身体。
本能を恍惚としながら抑え込む。
時が迫っていること。それは、つい先ほど、予想外に早く訪れて。もう、幻影を纏い維持し続けることすら儘ならない。
シャワールームの扉が閉まり、シャワーの音が響き始めるのを確認するまで堪えて、自身の空間へと、乱れ、よじりながら、落ちていった。シーツと布団ごと。
自身の身体と本能を沈め、彼の香りと自分の痕跡が残ったそれを、隠滅する為に。
どれだけ洗い流さないといけないか分からない彼より、絶対に自分の方が早いと確信した上で。