デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 暴露と秘密の夜 Ⅱ
「頭に浮かんだことそのまま口にするだけになってしまっていたな。確かにこれだと、わたし以外には分らんな。連想の為の手法でな。こういった言い換えが、別視点を疑似的に持たせてくれる。独りで考えていても、複数人で考えているような相乗効果が現れる。と、横道に逸れてしまったな。一言でいえば、私が遭ったアレは、分霊を持つ存在。総数の分からないそれらのうちの、一体。双子というのは、似ているが、別人だろう? 身体の初期情報は同一であるのに。……。先ほどの精霊の例の方が分かりやすいな」
少年がもう立て直している。今度のはいつもと変わりない言葉選びに台詞。とても、彼らしい。
「そうなるともう、想像するしかない、ってことになって、この話終わりじゃない?」
「そうしたい。だが、無理だ。これで終わりとは思えん。アレ自身もいつかまた続きがあると言っていたしな。で、何を懸念しているかというと、君が巻き込まれないとは思えない」
……。前言撤回。全然立て直せてなんていない。観点がおかしい。不安を増大するだけにしかならない。そんなことに気付かない彼ではないのに、と青藍は少しの困惑と共に、新鮮味を覚えていた。
また一つ、知らない彼の一面を味わえた、と。
「それだったら、ライトが引きずり込まれているところに、私も入れられなかったのは何故?」
スタンスは変えず、引き続き、彼の会話の続きを引き出す為の返答に徹する。
「役割、だと見ている。分霊という例を選んだのはそれが理由だ。恐らくだが、必要最低限の情報と時間と体を与えられ、道具のような運用をされている、とみた。だが、注がれている必要最低限が既におかしい。別空間の生成。意識と思考。私が制圧できないどころか、抗うのがやっとな程の力。向こうの敷いたルールに従う必要があった」
ドツボに嵌っているような気がした。平静より、ひどく視野が狭まっているよう。論理が縦に展開されない。横に無秩序に並列されていくだけ。一問一答の連なりで終わるなんて、普段の彼ならまずやらない。彼の思考は、積み上げ、推測し、仮説を立てるという形式を採りがちだ。息をするようにできる筈のそれができていないことにすら、気付いていない。だから、
「戻ってきたときにも色々話してくれたけど、どうして今深堀りするの? 大事なら、そのときやっとくべきでしょ?」
こうした。
「整理する為の時間が必要だった。尤も、今日一日色々ありすぎて、君にこうやって今時間を与えて貰えて、思い返してみると、これは何よりも最優先すべき話題だと!」
……。ずれている。さっきより、ぐるぐるしてない? 頭の中。
「はいはい。落ち着いて。ほら座って。大きく息をしましょう。吸って。吐いて。吸って。吐いて。吸って。本当にてんわやんわなときって、ライトそうなるんだね。焦った表情見せたり、怖い顔したりするときって、よくよく考えてみると、ライト、やることはしっかり決めてるもんね。覚悟を終えてるから、後はやるだけだ、っていう」
「はは……。言われてみればそうかもな。何をどれだけ覚悟したらいいか分からないと、私はてんで駄目らしい。覚悟……。覚悟……か……。これ以上この話をしても、不安を大きくするだけだな。取り敢えず、気には留めておいてくれ。最悪一人でも動けるように。学園長は人使いが荒い。アレが生来のものではなく、夫からの影響とすれば、……。止める。この話は終わりだ」
「ライト……愚痴言わないもんね……。それっぽいことを言うことはあるけど、愚痴じゃあなくて、実は楽しんでるだけだったりとかだし」
青藍は反省した。責めるつもりなんてなかったし、ましてや、凹ませるつもりなんて全くなかったのだから。だからといって、それを直接謝ると、真っすぐ受け取ってくれないのが、目の前の彼であると、いたいくらいに知っている。だから、別の話題に持っていってもらえるよう、流れを作った。が、
「言って解決する訳ではないからな。時間が惜しい。だからそんな暇があったら、考える。動く。今日今このときまではそう思っていたが、そんなこともないかもしれないな。現に、吐き出して少し楽にはなった。自分の中で完結する悩みではないから、だろうな。……」
少年は微笑を浮かべていたが、言い終えると、その顔に影が落ちた。
少年の自爆である。
自分の中で完結する悩みではないから。
先ほどまでやっていた、酷い痴態。
無垢な子供以外、恥ずかしくて堪らなくなるような痴態。相手が許容できなければ、千年の恋も醒めるような痴態。自分にとっての誠意でありつつも、アレだけは無い。ほんと、無い。
自分と共に落ち込んでくれた彼女。その態度と心音などの身体の反応が著しく乖離していた。
待たせることになる。
いつまで、かは分からない。以前よりは可能性は高まってはいるが、その時が本当に訪れる保証も無い。
魔女の本能。いつまでも抗い続けられるものではない。
受け入れる覚悟はとうにできている。
だが、こればかりは覚悟だけではどうにもならない。
それは厄介なものだ。それを迎えていないことを都合がいいと思っていたから。
なお、巻き込まれた彼女も当然誘爆される羽目になり、凹んだ。彼の自罰癖は今に始まったことではないのに、またやってしまった、と。
「じゃあ、交代しましょ。今度はわたし」
青藍にそう言われて、現実に引き戻される。
「さっきのことだけどさ。わたし、全然嫌じゃなかったから。寧ろ、嬉しかった。ちょっと、残念でもあったけれど。もう少しお預けかぁって。……。嘘よ。そんな余裕なんて全然なかった。終わってみたら、私じゃダメだってことかもしれないってすごく不安になって……。黙り込むつもりなんて無かったのに、黙っちゃった……。それでもさ、身体は反応するの……。私の身体はもう大人。こんな貧相でも。だから、焦る必要なんてないの。私はきっと、ライトがいなくさえならなければ、いつまでだって待ってみせるから」
それを掘り返してくるか、と思いつつも、こちらが頭に浮かべてたのだからわざわざこの話を選んだのだという位は少年にも分かった。
魔女である故に、見初めた相手との身体の相性は保証されているにも関わらず、不安であることを、彼女は口にはしない。
言ったとして、自分と同じように、少年もそれでは不安を拭えないと分かっているから。心を読まずとも分かる位、自明の理。
青藍と少年とで、根拠とするものに対する考え方が根本から違う。青藍は根拠を外に求め、少年は内に求める。こんな風に――
「少し。少し。のつもりだ。拍子抜けに明日や明後日かもしれない。一か月後かもしれない。年単位で後かもしれない。最悪……その時は来ないかもしれない……。言葉にするだけでも、きつい、な……。情けなくて仕方がない。わたしは間違いなく君が好きだ。今のところ、君にしか反応しない」
再び、えげつなく気持ち悪いことを口にしている。それでも、言わずにはいられない。
彼女のことは信じている。どこまでも。では、どうして、こんなにも――怖いのか。
「ライトさ。運命の相手って、誰にでも唯一人、必ず存在すると思う?」
「思わない。まず遭遇できない。そして、奇跡的に遭遇できたとして、気付けない。だがそもそも、確認する方法がない。……。それ以前に、運命の相手が用意されていない場合も数多い。わたしには、運命の相手は存在しないと結論付けていた。君と出会うまで」
「そういうこと真顔で言ってくれるライトが私の運命の相手。ライトにとっても、そう?」
「そうだ」
「嬉しいわ」
「安堵できる。ただの確認。裏付けも何も無い、言葉だけの。だというのに――どうしてこんなにも、今ここに存在できていてよかった、と思えるのだろう」
「嘘をつかない訳じゃないし、本心を隠さない訳でもないけれど、ライトの想いって、嘘偽りが無いの。とっても眩しくて、わたしはきっと心の瞳を焼かれたの。いつまでも見ていたいって。こんな化け物が言うのも何だけど」
青藍は自身の嫌いな形容を自ら口にしながら、とても穏やかな顔をしていた。
穏やかさと暖かさに包まれて、会話によるものだけではないその日の疲労は、心地よい疲労感へと変わり、自然と口は動かなくなり、自然と、二人は、眠りに落ちた。
抱き合ってはいないが、向かい合って、穏やかな表情で眠っていた。