デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 暴露と秘密の夜 Ⅰ
ベッドの縁に並んで座る二人。
着衣や髪に乱れはない。
気まずい雰囲気が流れていた。
少年の悩みの暴露は終わっていた。
だからこそ、気まずかった。
彼女が何を言おうが、暖簾に腕押し。顔を真っ赤にしてとんでもないことを言おうとも。彼女がその手に残る感覚をもとになんとも気持ち悪い感想をねっとり述べようとも。楽しみにその時を待つと笑顔で言いながら、棒立ちの剥き出しの少年を抱きしめても。
彼女にも分かった。確かに、こればっかりは心の持ちようで解決するとは限らない。
こんなもの、所詮少年の杞憂であり、そう経たないうちに自然解決すると分かり切っている。
自分は魔女で。故に。伴侶が不全であることはあり得ない。必要だから。本能が求める。それが無ければ、魔女は狂う。モノだけではなくて、心も同じくらい大事だからこそ、唯一人を探し出して、選び、縋るように、一生。
言えば、少年は頭で理解するだろうと彼女は分かっていた。でも、その納得は、決して心からのものにはならないとも分かっていた。
その部屋に窓はない。
天井には一つの明かりが。
どうやら、中にいる者の要望を読み取って、明るさを調整しているらしい。
今は、夜間照明くらいうっすらである。
壁面には、映像が投影されていた。音も聞こえてくる。
大き過ぎない、遠い、音。言葉を発したら、聞こえなくなってしまいそうなくらい。
イルミネーションをつけた、本物のように見える龍が、蛇のように細長い体をくねらせたり、ろくろを巻いて次々に浮かび上がっていく度に、歓声の数が増してゆく。
遠望に過ぎない映像でこれだ。
生で見たら、その場の空気も相まって、素晴らしい気分に浸れるだろう。
「……。パレード。やっぱり、見に行くか……?」
「いい……」
映像の前で、沈黙が続く――なんてことにはらななかった。
映像は消えている。
切ったのだ。
青藍が。そして、
「これじゃあ眠れないわね。私も。貴方も」
熱を失って寒さを感じ始める位の長い長い沈黙を終わりにする為に再び話を切り出したのも青藍。
「すまない……」
少年はてんでダメだった。その彫刻のような隆起した肉体はこけおどし、だとでもいうのだろうか。頼りになんて全くならない。
「そういうつもりで言ったんじゃないわ。今日一日であんまりにも色々ありすぎた。吐き出さないと。愚痴りましょうよ。喋り疲れて寝てしまえるまで。結構さ、効果あるのよ。師匠はいっつも、ストレス溜まってきたら私に好き放題愚痴って、欠伸が出たら満足そうにベッドに入るし。その癖私が聞いてないようだったら『聞いているのかい?』って頭に響かせてくるの。酷いでしょ? こんな感じ。そのときの気持ちを思い出しながら、身振り手振りしながら大げさにやるの」
青藍がしかめっ面になったり、言い終わって、ふわっとした表情で実はこれが愚痴の見本だと明かしたりするのを見て、少年にも何となく分かった。
愚痴というより、身振り手振りを補助とした、記憶の再生、整理だと。
ちょっと、というか結構、青藍の想定とはずれているそれであったが、青藍は特に訂正もしなかった。こういうのは好きにやるべきで、聞く側としては聞くに堪えない酷い感じじゃあなければ問題無いのである。話す側がすっきりできれば基本それでいいのである。
「やってみる。最初は、真っ先に片づけたい懸念について話そう。わたしだけが飛ばされた空間。そこであった人物。学園長の夫であると自称する人物についてだ」
これでは愚痴とは到底言えない。
「この目で見た訳じゃないから、私には何ともいえないけれど、自称でわざわざ付けるってことは、偽物かもしれないってことかしら?」
青藍は特に突っ込むことなく、少年の話に乗る。
少年の頭の中がぐるぐるで、ごちゃごちゃで、だいぶ言っていることがおかしいというか、記憶違いがあるというか。しかし、話すことが肝要であるのだから、その観点での指摘はしない。潤滑油に徹する。
「そもそも本物を知らない。だが、君が本物を知っていて、わたしに詳細に説明、それどころか、映像記憶として見せてくれたとて、アレはあくまで自称学園長の夫という存在以外の何物でもない。魔法使いであるのは確定事項。唯一の正気の魔王というのは、まあ、どうでもいい。アレが仮に本物だったしても、まだ、自称学園長の夫、という存在のままだ。あの樹木の精霊共を思い返すと分かりやすい。本物が複数いる場合。本物以外に偽物も複数いて、だが、こちらが知る唯一は偽物の中の一つに過ぎない」
あれ……? と、青藍は困惑した。少年がこれほど、何言っているか分からなく思えたことなんてこれまで無かったのだから。
「ちょっと……何言ってるか分からないかな……。同じことを言葉言い換えて繰り返してるだけにしか……」
思わず、思ったことそのまま言ってしまう。
自分も大概、頭の中ぐっちゃぐちゃになってるなと、青藍は自覚した。




