始まりの園 辺境 逆巻く彼方の陽影の城 Ⅱ
声の聞こえてきたのは、廊の先。
少年が後ずさる。
男に、肩に手をあてられ、押し返された。
ふらつきながらも、結局こけることはなく、少年は自身の後ろの男を見た。
くいっ、と頭で合図される。
進め、と。
(……。分かっている。そもそも、来た道を引き返しても行き止まりだ。行き止まりに到達したら、来たときの場所に戻れる、だなんてことはまあないだろう。それなら、わざわざ行き止まりに見せる必要なんてない。)
ごくり。
生唾を飲み込んで覚悟を決める。あの日の自分の所業。相手は、少なくとも、自身に圧を感じさせた存在であり、その上、騎士。
少年は、確かに、あのとき、選んだ。それでも、あの選択は、どうしようもなく、尾を引く。大きな選択だった。生まれて初めての大切な選択だった。一方を手にし、一方を放棄する、選択らしい選択だった。ただ、あの選択の日以降、少年が知った。自身が足蹴にしたのは、自分を拾って、よくしてくれた元・師匠たちだけではない。顔すら知らない他の騎士たちや、騎士というものに敬意を持つ人々。その全てを足蹴にするような選択だったということを知ったから。
ましてや、恐らく、この先に待ち構えているのは、恐らく正騎士で、だからこそ、会うのが怖い、と思えてならなかった。
それが身勝手だということは当然分かっている。けれども、それでも――廊は、終わった。
ドーム状の部屋だった。
黒と灰の、煌めくステンドグラスを備えた壁面。そして、こちらに向かい合うように、黒々しい炭のような木組みの椅子に座っている、細々しい黒騎士。
俊敏性に重きを置いたのであろう、虫の節のような関節部。明らかに、正騎士の魔法の鎧。そして、何より特徴的なのは、首から三叉に分かれて、貫かれ、罅割れた、三つのしゃれこうべ。頭蓋を抜けて、突き出た切っ先は、針や尖剣の類ではなく、鱗のような刃の群れでできて、くねるように湾曲していた。
「ヨウコソ。【始まりの園】ヘ。先達トシテ歓迎スル」
声は――それらの頭からは出ていない。やはり、鎧の中から。
「貴方は、正騎士ですか、それとも、名のある魔法使いでしょうか? それ次第で、私はこの後の返答を変えなくてはなりません」
「おい馬鹿っ……!」
(ああ、確かに私は馬鹿なのだろう。だか、それでも、聞かねばならない)
「生キ急グカ。フム、意思ハ固イト顔ニ書イテアル。ナレバ――オ主ノ望ム答エヲ贈ルトシヨウ」
ぞくり。
次の瞬間、鎧を纏って、剣を両手で全力で握っていた。無意識に。そして、壁へ――ドゴォオオンンンンンン!
剣の上から圧と重みで、めり込むように……。座っていたときの印象よりもずっと、長躯。
「成リソコナイ。分ヲ、弁エヨ。オ主ノ鎧ト剣ガ認メヨウトモ、我ラ騎士ハ、決シテ認メヌ」
圧倒的に負けながら鍔迫り合ったまま、激高するでもなく、そう、冷たく言い聞かされた。そうして、剣を引かれて、
ゴロロ、ガクッ!
「……」
少年は、壁から剥がれ、鎧も剣も消えて、崩れ落ちる。
「オ主ノ問イニ答エルトシヨウ。吾輩ハ真ニ騎士デアッタ。遠イ過去ノ話ダ。今トナッテハ唯ノ死人。故ニ、オ主ヲ断罪スルツモリハナイ。ソレニ、オ主ノ騎士トシテノ断罪ハ、オ主ノ、剣と鎧ノ領分。如何ナルコトがアロウトモ、他ガ口ヲ挟ム、資格ハナイ。遙カ昔カラ定メラレテ変ワラヌ」
トドメのための追撃は、その言葉の通り、来ない。
「ライト。少シハ気ハ済ンダ、カ?」
「……ご迷惑をおかけして……申し訳……ありません……」
「構ワヌヨ。我輩ガ望ミ、受ケ入レタ面倒ダ。最初ニ口ニシタ通リデアル。吾輩ノ域ヘ、ヨクキタ、ライト。ソシテ、ソコノ――ヒネクレモノ」
「酷ぇな爺さん」
「名ヲ明カサレタイノカ?」
「はぁ……。ありがとよ名も無き爺さん」
「貴様トイウヤツハ……。ライト、ヨ。オ主ハ、コウナルナヨ。拗ラセルナ、ト、イウコトダ」
ゴォオオオオオオオ、ガコンッ!
「先ヘ進ムトイイ」
その長躯な痩せた、異様な黒騎士の座の後ろ。光が、顔を覗かせている。
下り、怪談になっているようだ。ここの光景とは真逆な、白く、輝く、透明な段と、左右と上の壁面が果て無く続いているように見える。
「ありがとう、ございました」
少年は頭を低く下げるようにお辞儀し、奥へと、軽くなった足取りで消えていった。
その場でわざとらしく足踏みしながら、男は尋ねる。
「爺さん。あんたらしくも無ぇ。もう少しやりようはあったろうに。それに、あの一撃。どうして、殺してしまっても構わないつもりで撃った?」
「本物カ、ドウカ。我輩ハ自身ノ手デ確カメタカッタノダ」
「王になるために、正騎士としての在り様を捨て、自らの騎士剣と騎士鎧に断罪された、最初の人物。そして、現状、最後の人物。いい加減死にたかったからといって、流石に、身勝手が過ぎると思うが」
「ヒメクレモノ、ヨ。分カッテオルゾ。貴様、止メナカッタデハナイカ」
「あいつも大概勝手だからな。そのせいで、本来そんなことできないあんたが、あいつに攻撃する機会を得てしまった訳だし。それに――あんたのような敗北者にゃあ、あいつは殺せ無ぇよ。あんたの一撃に、間に合わせたのは、あいつの剣と鎧。あいつは未だ、相応しいんだとよ。自分でその称号を蹴ったとしても」
「妬ミハ一撃ト共ニ水ニ流シタ。ソレニ、確カニ、アノ者ハ、断罪サレル故ナシ。早ク征クコトダ。気ヅカレルゾ? 我輩ハ構ワヌガナ。フハハ」