デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク 夜祭の遠望 Ⅰ
アナウンスの類や予兆も何も無く、それは始まった。
僅かに遅れて、光った。打ち上がってくる。
花火、だ。
歓声と共に、一定方向の人の流れができ始めてしばらく経った。
人だかりはまだまだ収まる気配は無い。
パレードが始まった合図が先ほどの花火。しかし、まだ序盤も序盤。花火以外が見られるようになれば、いよいよ盛り上がってきて、身動きがとれなくなるだろう。
流れるように進むそれらを、裂け入るように逆行する、少年と青藍。
少年は疲れた表情をしていて、青藍は悲しそうな表情をして少年の後を、手を引かれ、ついていっている。
(そう……なるわよね……)
馬車から降り立って、少年が呼んだ、白磁の専属応対人。
少年と、彼女との間で、ほんの数フレーズの短い遣り取りがなされた。ほんの十数秒程度。しかし、青藍には、二人の会話内容は読み取れない。少年のを呼んでもダメ。何せ――言語が違った。
そう。彼らの言語だ。人外の言語。先ほどの幼女とその父親との会話と同じように、声に聞こえなかった。ノイズ交じりの雑音のような、それが、交差して高頻度で入り混じったものだった。
少年の頭の中も、ヒトの言葉ではなく、読めない、聞けない、推察できない、つまり――彼らの言語のそれだった。
どうして自分に聞き取れない方法で遣り取りをしたのか、その内容は何だったのか、青藍は少年に尋ねることができなかった。
少年の顔に浮かび始めた疲労の色。
それは、肉体的な疲れではない。心労である。
ここに連れてこなければ、こうなはならなかった。
その負い目が、青藍を押し込めるのである。
これでお開きになる、としても文句は言えない、と。
そして――
「えっ……?」
青藍は驚きの声を漏らした。ずっと俯いていたから、少年の歩みが止まって、顔を上げるまで、気付かなかったのだ。
ホテルだ、そこは。
エリア毎にホテルはあって、その装いというかコンセプトも異なっているが、最もオートドックスなのが、公園エリアのこのホテルである。
妙に白い。壁面が白く輝いている。光を発しているのだ。
建物にはそれ以外に特徴は無く、ただの四角い、高層な建物といった風。
人通りは少ない。閑散としている。
パレードの音が遠くから、耳障りにならない環境音程度に聞こえてくるだけだ。花火の光は、建物自体の発する光によって、全く気にならない。
「すっかり暗くなってしまったな。泊まるか」
とってつけたように少年が、そっけなくそう言った。
「!?」
「何を驚く? たったこれだけしか回れなかったのだ。流石にこれじゃあ、楽しんだとは言えんだろう。君も私も。それに、気になるのだ。あの男は何者なのか」
少年のわざとらしい言い回し。どうしようもなく下手糞である。呆れてしまいそうになる位。でもそれが、ほかならぬ自分の為だと分かるからこそ、
「はぁ……。分かって言ってるでしょ!」
愛おしいのだ。一方通行じゃあないんだって、再確認できるから。何度やったって完了しない確認。女だったら大小あるが誰だってかかる不治の病。
自分もそうだってこと。
「やはり、読んでくれ、なんて言うのは興醒めだな。そうやって、自然に読んでくれるのが好ましい」
この言い回しは結構いい。説明不足で分かりにくくて、会話風壁打ちでしかない彼の言い回しは、そこに、彼の意図が色濃く乗っていて、好きだ。彼にしか出ない言葉。詩人とかに向いてるかも。絶対売れないし一生無名のままだろうけど。
噛みしめるほど、味がする。
人の往来は少なくとも、無人というには程遠い。
見られている、と自惚れはしないけど、恥ずかしくはどうしてもなる。
「もうっ……」
ぽかん。
「あれは学園長の夫、で確定していいと思うか?」
「そう判断するしかないでしょ」
「だよなぁ……。またどっか異空間送りにさらるかもしれんが、取り乱さずどっしり待っててくれたらいい。恐らく、振りだ。トイレの件も」
「いやいやいや! 流石にそれは無理があるでしょ」
思わず出た大きめな声。熱の火照りも冷める。
「学園長の夫が務まる人物。学園の方針と、学園長の性格とのズレ。相対したというのもある。だから、断言できる。アレは絶対に性格が悪い。愉快犯というやつだろう。勘弁してほしいのだがな」
そうして、何してるのわたし! と、我にかえった青藍は、このまま延々と外で話し続けそうな少年の話を切った。
「って! こんなとこで話し込んでないで、さっさと入りましょ!」
「あ、ちょ…―。……。すまん……」
自分の悪い癖が出たことを反省した少年の背を押し、二人はホテルへと入ってゆくのだった。