デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ ⅩⅤ
零れるように口から出た彼女の言葉は、はっ、と我にかえった彼女が自身の口を抑え、つむいで、俯いたことで、途切れた。
沈黙が流れる。
とうに通り過ぎたことだ。答えは決まっている。ふと気づけば、確かめ終えていた。明確にそれがいつかは分からない。
口にするということは、決意表明である。
返答として返すということは、誓いの言葉のようでもあるかもしれない。
覚悟がいる。
実は、覚悟なく口にしたかもしれない過去の可能性にいくつか思い当たる。碌に覚えていないが、それ故に、あった、のかもしれない。
仮にあったとして、微睡み? 酔い? 吐き出すように垂れ流した無選別無加工の言葉だったのかもしれない。だが、意志をもって、口にするというのなら――
「母はもういない。託されたとも思っちゃいない。そんなふうに考えたことは一度たりとも無い。救えるかどうか。過程はどうか。何一つ、その時になってみなくては分からん。私はただ、あの話の中の魔法使いのように心底なりたいと、思ったのだ。他ならぬ私が誰に強制されることなく。心の隅に押しとどめたことはあった。結局、はちきれた。私は、夢に、生きている。それが答えだ。解釈は君に委ねるよ」
夢に、生きている。
夢を持って、生きている。それが本物であると結論つけた上で、熱を持って、進み続ける、道の途中、ということ。
「……。じゃあ、私と誰か。そうね、先日助けたあの精霊の子とか。どっちか一人しか助けられないとしたら、貴方はどうする?」
「らしくないな」
「……、わかる……?」
「そりゃ。まあ」
「どうする?」
「状況を聞くさ。これじゃあ何も判断できない」
「わたしを選んではくれないのね」
「君が心からそう思って言ってるわけじゃ無いって分かるのが心底安心できる。そして、自分の短慮が嫌になる。君をこの一瞬、嫌な女にさせてしまった」
「……」
「すべての願いは無条件に叶えられることはない。何故なら世界が破滅するから。相反する願いは歪みを生み、矛盾は膨れ上がり、虚無を生む。ま、そこまで極端に言わずとも、二つの相反する願いをどう叶えるか。二人の女の子に手をとってくれと言われ、私がどうするか。現状、私は君の手を取るだろうな。というか既にとっている。もう一人には泣いてもらうしかあるまい。死ぬとか狂うとか脅されたとしても、納得してもらう。いいや、納得させる、だな。絶対に。あくまで、今は、だ。未来は誰にも分からない。未来予知すら絶対ではないのだから。理想を理想のままになんて、意味がない。透明なままだ。実体がない。私は宗教家でも無いし、誰かの思想を継いでるわけでもない。宗教家であっても、誰かの借り物でも、関係ないのだ。つまるところ、実際、現実、どうするか。その為には、元師匠たちを捨てたように、君を――捨ててしまえるかもしれない、酷い男だよ、わたしは」
少年はそう、満足そうに口にした。
「意地悪言うわね」
それを独りよがりと彼女が棘を刺さなかったのは、少年自身が気づいていない、それに、彼女は気付いていたから。心の奥。
君を――捨ててしまえるかもしれない
少年は、その言葉を口にするだけで、その間だけだが、激しく恐怖していた。それは、元師匠たちと決別したことを思い返したことによる影響だけでは決してない。
恐ろしく強い感情だった。まるで、本当にそうした未来の感情を限りなく鮮明に想起してしまったかのよう。彼が壊れる日がもし来るならば、終わりはこうなのかもしれない、と思わずにはいられないくらいに。これまで見てきたどの感情よりも、ある意味、重い。
それが心底、恍惚だった。
心の奥底で、悦に浸った。
「お互い様だろう?」
少年は裏なんてなさそうに、軽口を言っただけのように笑っていた。
「なぁんだ。わかってるのね」
彼女は、普段通りに、嬉しそうに笑った。
自分の奥底を、自分のその呪われた力のような類を持たずとも、見通したかのような言葉を向けてくる少年がいる幸福に今日もまた、身を預け、漬かるのだ。
彼といれば――いつまでも、こう、いられる。彼もきっと、過程は違うけど、そう思っている。運命の相手って、そういうものだから。
彼女は少年の隣に座り、身を預けた。
少年は彼女の後ろに手を回した。引き寄せ、抱き寄せ、無理して疲弊した心を慰めあう。互いの熱と心音で、互いがいてほしい、独りは嫌だという、心の軋り。
この二人にとっての、今知る絶望というのは、まさしく――孤独に他ならない。
少年は思う。嘗ての仲間たちの相談や悩みの重みを、今になって思い知る。独りで完結していた悩みなんかとは違って、相手のいる悩みは、際限が無く、しかし、故に、良いものだと言えるのだ、と。
確かに――悩むに値する。
そんな実感を得たのであった。




