デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ ⅩⅣ
城。終点。高層に位置するバルコニーの一つ。
夜景を背に立つ少年と青藍。そして、
「本当に、ありがとうございました」
ぺこり。
壁が、綺麗で上品な透き通った声でそう言った。
というのも――壁に、顔というか、顔面が生えている。おしとやかで上品な、目鼻立ちがくっきりとしているが、髪と眉と耳が無い。肌の質感も色も、壁の灰色煉瓦のそれである。
すぅっ。
馬車が降り立った。音もなく。透明だったのが姿を現したのか、転移してきたのか。そんなことはどうでもいい話。
ともかく、帰りの足が来た、ということだ。
物音がした。
空っぽではないらしい。
中から出てきたのは、申し訳なさそうなひ弱そうな男。ここへ少年たちを案内した男であった。
「……」
言葉はなく、ただ、深く深く、頭を下げてきた。
「あら? あなたがこちらに来るなんて珍しいわね」
壁顔な女性が不思議そうにそう言った。
「あっ! おとうさん!」
トタトタトタ、と、部屋からこちらへ駆けてきたのは、少年たちと先ほどまで頑張っていた幼女であった。
手に何か握り込んでいる。
何やら、会話をしているが、何を言っているか分からない。声に聞こえない。ノイズ交じりの雑音のような、それが、交差して高頻度で入り混じる。
少年は思い返す。
ここの係員たちは、ある種の同族。人ならざる者。されど、人から生じるモノを生きる為に必要とする存在。だからこそ、程度の差はあるが、人に寄って、人に寄せて。彼らの姿形も対応も、これまでの係員と比べると割と人の範疇であったこともあって、すっかり忘れていた。
それほどのめりこんで楽しめていたということの裏返しでもあるが。
本当の意味で、警戒を解いて、楽しめていた、ということなのだから。
「おにいちゃん! おねえちゃん! これ、おれい!」
古ぼけたメダルだ。紐を通す穴はあるが、その類は付いていない。
親指大の、黒くくすんだ、銅赤色のメダル。淵にも面の裏表にも装飾の類は無い。
「わたしたち一家からの御礼の品です。助けとなる何かを手繰り寄せる力があります。貴方方が心の底から絶望や窮地を悟った時、そこから昇るための可能性が何だかの形で現れるでしょう。お二人それぞれに一回ずつ。使う機会は選べるようでいて、選べません」
「そんな貴重なものを……いいのか……?」
「是非。貴方方にであれば、使われたい」
奇妙な言い回し。
引っ掛かった。思考が巡る。
もしかしたら――彼らの力は、自分の願いに極めて近似したものかもしれない。
青藍が、少年の手を、すっと握った。
お蔭で、少年は、深入りするところを、踏みとどまった。
「大事に使わせていただきます」
そう、青藍は、お上品に言って、頭を下げた。少年も僅かに遅れて、引っ張られるように頭を下げた。
二人が馬車に乗り込むと、手を振る幼な子と、その後ろの二人の大人。
乗って戻らなくていいいのかと少年が男に尋ねたが、今日はお開きにして、回復祝いをするらしい。
ここが気に入ったから、またそのうち再訪することを約束し、お別れとなった。
少年と青藍の二人は、イルミネーションが輝く、パークの夜景を眺めることをしないでいた。
向かい合って座っている。ふぅ、と胸を撫で下ろす少年と、あれ?と首を傾げる青藍。
「どうした?」
と少年が尋ねると、
「あの子が本当に子供だったなんて思わなかったから」
意外な答えがかえってきた。
「?」
何せ、彼女には読む力がある訳で。行使せずとも、ある程度は垂れ流しになっていて、無作為に拾っている。彼らは人外ではあるが、その度合いはこれまでパークで遭遇した係員たちやコンシェルジュと比べるとだいぶ低いのだから。
「子供じゃなくて、わたしたちを客引きしたあの人のお相手が、あの子が力を取り戻した状態なんじゃないかって。御伽噺の流れに従うなら、ありそうかなって」
「あの城そのものが母親で、彼女は本当に子供だった。捻りもなく、実に順当だと思うが。流石に考えすぎだったろう、それ(あの子供が、あの男の妻という予想)は。理由はたった一言で収まる。手際が悪過ぎた」
「ええと……」
「これまで集めてきた情報を前提として考えると腑に落ちる。パークの従業員たちに共通の特徴。それは、その食性だ。故に、一処に集まって住むのは理に適っている。人間の子供が独力で食料を得るより、場合によっては難しいのだろうから。それに、感情に質量はない。強弱はあるし、質の良し悪しは確かに存在するが、それすら実は受け取り方次第。それどころか、無数に分かち合えるし、分けたからといって、総量が減るとも限らない。加速度的に増大することすら珍しくはない」
「……。随分語るわね」
らしくなく、分かっていないようである。
「彼らのエネルギー蒐集には効率が必須。何故わざわざ、知能や経験まで、子供の段階にまで抑える? 節約にはなりはしない。それは唯の無駄だ。だから、あの子供は都合、ではなく、ただ、あそこにいるだけの子供、ということだ」
「うぅん……。わかるような、わからないような……。感情、ここでいえば、楽しさ? 幸福? っていう方がしっくりくるかしら? 分け合えるって素敵な考え方ねってくらい。ライトの求める答えにはなってないかもしれないけれど」
と、彼女は申し訳なさそうに笑う。
「一家言あるからな。幸福について。正確には救済について」
少年は満足した。何せそれは、彼女が受け取って考えてくれた上での感想だと伝わってきたから。顔も生えていないただの壁と会話している訳でもない。ただ、自分の言うことを全肯定、理解したという面を被る訳でもない。だからこそ良い、のだ。
自分も大概こじらせているなと、少年は、心の中で苦笑いした。
「ライトってそっち方面の人じゃあなかったと思うけど……」
彼女はそう、不安そうな演技をした。
「ふっ。ははは。そうだったら、どうする?」
当然少年も分かっている。当然乗った。
「聞かせてもらおうかしら。誰かからの借り物の思想で無いと誓えるのなら」
彼女は目を輝かせた。何か素敵なことが聞けるような気がして。
「私が魔法使いになるという意志の根幹。将来の夢とでもいうべきか。誰かを救える人間になりたいのだ。どのような理不尽からも。運命からすら、救って見せたいのだ。もはや奇跡でしか救えない者がいたとしても、私は、救って見せたいのだ。見返りは要らない。目にした者だけだ。しかし、遭遇したのならば、必ず」
彼女の顔から笑顔が引いた。無表情に、けれど、見通すように、少年の目を真っすぐ見て。
「お母様に託された夢。それは、貴方自身のもの? それとも――」




