デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅻ
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――、不味いぃぃいい! 不味いぞぉおおおお! 奴ら、身体能力は高い癖に、身体の動かし方が下手過ぎるっっ!」
少年はとうとう、叫びをあげた。
そこさえ抜ければ、アトラクションの最後。
最後の関門はここ。八つ目の部屋。九つ目は、部屋ではなく、お迎えの馬車の待つ屋上。馬車へ乗り込んだら、過去の景色の観覧がお出迎え。過去のある日。パレードの催された夜。ベストビューを空から見下ろす。クリア報酬。素敵なご褒美。
通る部屋は、最初と最後意外は、訪れた者と、とった行動によって異なるが、全九つ。
一つ目の部屋。詰まりようのないただの通路。
二つ目の部屋。当たりと外れの混ざった床の窪みを踏む部屋。
三つ目の部屋。簡単な謎解き、最も高い階段を当てる四択の部屋。
四つ目の部屋は恐らく彼らを最も満足させただろう。
これまでよりも一回りどころか二回りは大きい巨大な部屋。トロールたる彼らですら小さく見えてしまうくらいに。天井に見える、白い穴。上へ向けた赤い矢印が四方の壁にぎっしり。やがて始まったのは、ぷわんぷわん跳ねる、ビビッドでカラフルなボール。
そのどれもが、彼らトロールが丸まったら中に納まりそうなくらいに大きい。何故か彼らの服装は水着に変えられていて、ボールたちは様々な魔法効果を持っていた。赤いボールは火傷しない程度に熱を帯びていたり、水色のボールは、ボール自身と同じくらいの大きさの水の塊を、シャボンのように次々と打ち出して。黄色のボールは触れたら痺れる。紫のボールやピンクのボールは、触れたら数秒の間、部屋の照明というか明かりの色が、ピンクなアダルトな感じになる。
黒のボールは意思を持った存在であって、子供のような無邪気さと悪戯好きっぽさを持っていて、他のボールを楽し気にけしかけてきたり。
肩の力を抜き、そのうち、黒のボールたちを、子供の遊び相手をするかのように相手するようになって、ボールが積み重なって、どんどん、底が高くなっていき、黒のボールたちに手を振って、ボールが容積を埋める時間切れまでそこに彼らは留まっていた。子供好きなようだった
恐らく、そう遠くないうちに子供を持とうと考えているような振る舞いだったように、少年や彼女には見えた。
なお、黒のボールのうちの一部は、幼な子が操縦していたが、複数操作を感じさせないくらいに自然だったことに、少年も彼女もド肝を抜いた。何せ、二人は、四つ目の部屋については、本当にただ見ているだけで済んでしまったのだから。
五つ目の部屋。部屋といっていいかどうか。先ほどとはうってかわって、薄暗く、細長い。それは部屋というよりは、塔である。
真ん中が吹き抜けになっている。冷たくじめっとした風が吹いている。
壁の縁に、トロールである彼ら二人がギリギリ並んで並走できる程度の幅の道というか足場。スロープのようになっていて、壁に沿って、ひたすら下へと続いている。上方向にも続いてはいるが――何もヒントも誘導もなく困惑する彼らの元に、轟音と共にそれはやってきた。大岩である。道幅いっぱいな大きさであり、中央の吹き抜けは、それを楽に落とせるほどの径を持つ。
それでも彼らは突然のことに、それを二人で堰き止めることも、受け止めて中央に落とすこともまるで考えず、必死に走る。
これまで回ってきた部屋から推測される彼らの身体能力に応じた速さでそれは転がってくるのだが、まあ……酷い。
彼らは鈍足だった。
そして、走ることにおいて不得手であるようで持久力はクソだった。
少年から言わせると、身体の動かし方に無駄があまりに多すぎるのが原因とのこと。
幼な子でもなく少年でもなく、青藍が玉の速度を調整している。彼らに調整を疑われないように。彼らが躓いたりしたら、わざと球を穴に落とすよう操作したり。そうして、彼らに復帰の時間を与えつつ、彼らに落ち着かせる暇は与えない程度に、次の玉を。
時折、球を彼らに追いつかせ、彼らに玉に抗わせ、球を砕かせたり、横に落とさせたり、後半になればなるほど、彼らにヒントを与えるようにし始めたのに、彼らは気付かない。
彼らが鈍いというのもあるが、青藍の追い込みがあまりに上手過ぎたのだ。この部屋というか塔の仕掛けとして、ゴールに近づくほどに、明るさを増してゆき、風も乾いた爽やかで暖かなものに変わってゆくようになっていたのだが、彼らはその変化にまるで気付いている様子がない。余裕が無いのである。
転がって落ちて玉の砕けた残骸など、底には色々溜まっていそうだが、実際にはそうなっていないことで、彼らに、なぁんだ、と、脱力を与えるという仕掛けになっていたのだが、彼らはそれに気も留めず、ただただ必死に走って、外へ出る。
片方がもう片方を置いて逃げたりとかにはならなかったし、道の終わりから底、出口へとの疾走は、男の方が女の方の手をしっかり引いて、のものだったので、上っ面ではない、隠そうとも恥ずかしそうにもまるでしない、しっかりとした仲の良さが見えて、青藍がちょっと羨ましく思ったことを、少年は当然気づかない。
そうして漸く、道程の半分を超えた。迎えた彼らがダメな方向に稀有であったが故に、映像による予習込みでも、なかなか思う通りにいかないのである。
意識もしていない。手伝いをしている自分たちが、アトラクションを回っていた先ほどよりも、今、楽しんでいるということを。