デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅺ
そこからは――怒涛の忙しさだった。
だが、致命的なミスは無い。良くも悪くも、少年の決意が固まった。これまでの中途半端なものとは違って、明確な目標を定め、後はやるだけ。現場指揮官としての経験は豊富にある少年が、その力を発揮し始めたのだ。
「男の方が踏んだ! 井戸が来る! 縁を広げろ! 補強し、穴を小さく! きばる必要が無ければ垂れ流す心配は無い! 青藍!」
「ええ!」
仕切り直しからすぐ。当たりを踏むまで出られない部屋。
少年は、客である二人の動きを支配、誘導することを捨てた。それこそが悪手であると気づいて。用意されている誘導のための干渉の手段。タイミングがシビアな上、微調整も効かない。基本、用意して、投げ入れる、生やす、といったものばかり。一つ一つの仕掛けに後付けの変更を加えられない。予め仕込んだものを遅延を入れて反応させることはできる。相手の選んだ選択や反応に対応した変化を起こすこともできるとはいえ、想定外の行動をされると不発する。そうなったら、新たに何か投げるしかない。それらは予め用意されている訳ではない。半完成品として存在していて、表示や分岐といった仕込みを付けて、投げる。誰がその付与コストを負担している? 幼な子ではないだろう。自分でも彼女でもない。目的が目的。そういった抜けが失敗の原因になり得る。魔力欠乏とまではいかないまでも激しい消耗による疲れは若干薄れ、その分頭が回り始める。
「……。女の方が何か気づいた? ラッシュが、来るぞ!」
現れる、まんまるとした巨岩。地面の窪みより一回り小さいくらいの。つまり、確実に、踏み抜いたのと同じ効果が見込める。
順番も糞もなく、とにかく全部踏み抜くつもりだ。
「アッカ! 次の部屋への仕掛けを作動! どうせ全部踏み抜こうとしてるんだ! 正解だ正解! 『ずれて押せてないところが当たりだったらどうするの?』だと? 構わん。やるんだ!」
自分たちが感じた最も不快だったのは、そこだ。反応が遅い! そこさえ何とかして、ミス未満な失敗はオマケする! 謎解きそのものや試す手段の出力に詰まらない限り、それですらすら進める筈だ、と!
その部屋の正解の仕掛けは、入ってきた道が再度現れる。
「青藍! 浮かせて、開いた出入り口に二人を飛ばせ! 雑で構わん!」
手動でなくとも働く仕掛け。踏み抜いた他の地雷の発動に巻き込まんが為に。自分たちとは違い、彼らは仕掛けの全てを知っている訳ではない。だからこそ、彼女に出払って貰えばいい。手慣れた魔法という手段を用いるなら、用意されたもののようにシビアなタイミング要求は無い!
あっという間に三部屋目。
彼女が良い感じに浮かせて風で彼らを押し出した際、出入り口の前ではなく、中に押し込んだのが活きた。
戻るだけでは? とならず、順路を誘導する為の何やらの方策と同じ効果を齎したからだ。
三部屋目は、単純? 気づけば単純。四択の選択肢が用意されている。
非常に単純だ。
二部屋目と同じような部屋。違いは、たくさんのスイッチなんて無いということ。そして、部屋の四辺に、階段が存在するということ。幅と段数が同じで、途中で、踊り場のような広い足場が存在し、そこから先は存在しない。
「先ほどの部屋は見ればわかったが、今度はそうはいかん。アッカ。看板を部屋のど真ん中に落とせ。文言はいつもしている通りでいい。ただし、分けなくていい。全部だ。多少文字が小さくなろうが問題ない。だが、全部読ませねばならんからな。何より、彼らに通じる言語は私たちには分からん。頼んだ」
ヒュゥゥゥゥ、ドゴォオオンン!
何も言わずとも、彼女が、落下する看板に、上方向から風で圧を掛けた。そのお蔭か、派手な演出でもしたかのように、客である二人の意識を引き付けた。
近寄っていってくれている。
看板を恐ろしいほどあっさり引き抜いてしまった彼らのトロールらしい剛力にはド肝を抜かれた。何せ、トロールでりながら、魔法使い。魔法使いで素で強靭な者は少ない。同じことができそうなのは、自分か、ブラウン少年と恋仲であるクァイ・クァンタ位だろう。師匠や、闘技場の彼らは鍛えてはいるが、単独では無理だろう。
人間でなければ、魔法と肉体強度の両立が成立するというのは知ってはいたが、あの学園には人外はそれなりにいるが、純然たる亜人はそういえば、いない。
「うわぁ……! まただ! 力押しで来たぞ! 青藍、落下時の風での補助の準備を! アッカ! 当たり踏んだなら合図をくれ! 柵を張る!」
微妙な傾斜。四隅の何れかが僅かに低い。だから、その対角へ向かっていく階段が正解。ルールは、魔法使用不可。知恵を使って気づけ、ということであるのだが、所詮四択なのだから、総当たりが最も楽。階段がクソ長いので、疲れがえぐいだろうことと、横着して飛び降りようとするには彼らトロール基準でも一見無茶そうなのだが、彼らは躊躇なく飛び降りたことからして、トロール基準でみても、肉体能力は上澄み。ならどうしてケツは緩いのだと突っ込みを入れたくもなるが、まあそこは分かりようがない。謎のままである。
また、どうして、運営側のこちらにも、正解は彼らが踏むまで分からないようになっているかも、謎である。
女の方が二回目のチャレンジで、正解を踏んだ。
少年は、即座に、光を閉じ込めた二重構造の硝子板を、その行き止まりの踊り場から飛び降りれないように、生やした。
分かりやすいし、正解の演出以外にとられることはないだろう。
が……、少年は目を疑った。
ぅうううう、ゴォンンンンンン!
彼らの体重でもたれかかられても大丈夫なように、強度盛り盛りにしてはいたが、女の側の腰の入った蹴り一発で、たわむように歪み、そして、
ピキピキピキピキ、ペキペキペキペキ!
一層目が粉々に罅割れて、崩れ落ちた。
「ああああ! 糞っ!」
苛立ちを声に込めながら、躊躇せず、リソースを切った。階段踊り場外側から、もたれかからせるように、大口径の硝子の柱を二本、瞬時に生成し、もたれかからせ、支えにしつつ、補強も果たす。
目眩がした。
あの魔人化を境に自身の魔力の蛇口は蛇口というには最早大き過ぎるくらいに拡張され、ダムの放水のようなそれに成り果てていた上、あの異様な存在に強制的に掴まされたコツ。
欠乏からの復帰は恐ろしく早くなっているものの、気絶の閾値は変わっていない。
自信が気絶することは計算に入れていないのだから、気絶する訳にはいかない。体力消耗による気絶とは違い、気力で凌げるものではないのだから。
踊り場、壁側に現れる。次へ続く道。
何やら、女が、大きく息を吸って、男を呼んでいるようだ。
つまり、何とかなったのだ。
男が女の方へ、階段を駆け上って近づいてゆく。パシン、と互いの掌を叩き、交差させただけ。抱き着いたりして、魔法で作った硝子の方へもたれかかったり、荷重が掛からなかったことに、少年は安堵した。
しかし、休む暇はない。まだ道程は半分にも至っていないのだから。




