デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅷ
ギギギギギギ――ガコン!
最初の部屋から闇の中進んだ次の部屋。
床や天井や壁面を構成する煉瓦は薄紫色。
そして、僅かばかり苔むしている。黒々しく、けれど近くで見ると、深い深い緑色。
伝わってきた補足情報によると、『ドブと森の混じった、変な臭いよ。不自然。誰にとっても未知な臭いとして作られたんだって』、ということらしい。
巨人な彼らであろうとも、窮屈さなんて全然ない、広い部屋。
『入る人に合わせるとかじゃなくて、元から広く作ってあるんだって』
地面は煉瓦一個分くらいの高さ、へこんでいる箇所が点在している。これがこの部屋の仕掛け。
一見行き止まり。そう。当然、仕掛けを解かなければ先に進めない。ヒントは時間差の多段。察しが良かったり、この手の仕掛けに造詣があればすんなり解けそうな類。
最も単純な場合、どこか一か所を、踏み抜けば先の道が開く。
そうでない場合も、結局のところ、何処を踏むか、順番、地雷があるかどうか、根本となる組み合わせはその程度。地形変動を伴う連動する仕掛けがあるという可能性もあるが、まだ一部屋目でいきなり客を苛立たせるような酷いのは考えにくい。不手際でも無ければ。
苛立ちに苛まれていて意識から外れそうになっていたが、このパークのアトラクションの本質はあくまで接客だ。代金に留まらず、チップを貰う。寧ろそっちの方がメインな。
掛かる手間と割かれている人員からして、質を重視しているといえる。
闘技場のような数前提の雑多さとは違う。
最後まで行ってもらえない限り、終わらない。つまり、極端な話、ミスは許される。程度と頻度が度を越えさえしなければいい。
だから、あの幼な子一人で回せると、指示書を用意した者は判断したのだろう。恐らく、手伝い程度の経験しかなくとも、何組も何組も接待されているのを見てきた筈。
現に、今、彼女から連携されてくる、幼な子の過去の、この部屋の接客記憶は雑多に数十を超え、百に届いている。
……。青藍。私だからよかったものの、この手の視覚情報の並列処理は素養か経験が無ければ処理しきれんぞ……。複数の、非同期な光景が並んでいたとて、人が処理できるのは、注目した一つがせいぜい。二つ以上視界に収めようとすると、穴だらけになる。
……。まあ、できているのだ……。いいとしよう。青藍も無茶をしてくれた、ということなのだから。青藍自体が、整理して集約してくれたからこうなっているのだ。あの幼な子の想起はきっと乱雑。情報の洪水のようなものだろう。少なくとも、記憶力は良い。人間の域ではないな。記憶にしては、光景がはっきりし過ぎている。青藍が補足するにしても、限度があるだろう。無から有は生み出せんからな。この場合、嘘偽りだったら意味が無いのだから。
……。正解時の仕掛けも、人力……。地雷もあり、か……。どうしてこっちは自動……? 床抜けて、幅広の枯れ井戸に落ちる、か。
あ……!
ガコン!
「あぁああああああああああああ」
ドゴォオオオンンンンン――!
はっとした。
光景が散って、元の光景へ。歪んだ水たまりの先、現在訪れている巨大なるトロールカップル。その男の方が、ハズレ、つまり地雷を踏み抜いて、枯れ井戸に落ち…―てない!
が……、響き渡った、えげつない音。
知っている。自分も数時間前垂れ流したものだ。
「おいおい、どうすんだこれ……!」
思わず、少年は声を荒げた。
想定外にも程がある。見せられた凡そ百例の中にこんなものは無かったのだから。
部屋を見下ろす視点でしかなく、都合よく特定箇所を拡大したりはできないが女の方の顔色がやばい。青褪めるとかそっち方向ではない。
夢から醒めたような。素敵な幻覚が解けたような。
「……」
幼な子は固まっている。
そりゃそうだ。こんなのどう対処しろというのだ。
と、目線を青藍の方に…―いな……い……? い……えぇええええええええええええええ!
「えぇえええええええええええええええええええ――!」
少年は混乱した。
彼女の服が横たわっている。僅かに膨らんでいる。
シュタッ、と駆け寄って、心臓バクバク、汗タラタラで手を伸ばした。
「靴かっ……! ……。…………」
掴んだもの。まだ残る熱。柔らかさに、湿気。
即座に手を離した。冷や汗が止まらない。
目視せずとも分かった。靴の上。掴んでしまっていた布地は衣服ではない。下着、だ。
ものすごくまずいことをしてしまった気分になりつつも、手に、鮮明に残る感覚。
気を散らすように、その掌を地面にこすりつけるように、ズズズと擦り、何とか落ち着く。
「おにいちゃん……。なにやってるの……?」
「……。わざとじゃないんだ……」
「?」
幼な子が困り顔で首を傾げる無垢な姿を見て、説明に困るも、今はそんなことしてる場合では、と、目線を落とす。
「えっ……?」
一瞬。
魔力の流れを感じた。良く知っている気配だ。彼女の魔力。だが、何の魔法だ……?
ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッァァァアアアアアアアアア!!!!!!!
「っ! があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――」
「ぃぃぃ……(う……嘘……だろ……)」
「ええええええええ……!」
幼な子でも、青藍のやったことは声をあげるようなことであり、そして、理解できる手段であった。受け入れられるかは別であるが。
下手人は青藍。恐らく、あの光景の何処かにいるのだ。全裸で……。
対象は女トロール。少年ですら感知できない程の隠密状態で、姿を隠しての強硬手段。
『片方が漏らすだけだからいけないのよ。両方とも漏らしちゃったら、ほら、ね!』
「『ねっ!』っじゃねぇよおおおおおおおおおおお!」
伝わってきた彼女の念話に、少年は思わず膝をついて、両手を広げて、叫んで、のぞけって、拳を地面にた叩きつけた。
「……」
幼な子は、困った顔で少年を見下ろしていた。お願いする相手間違えたかな、と。




