始まりの園 辺境 逆巻く彼方の陽影の城 Ⅰ
ゥオゥンンン、ゴォアアン、ゴァン、ゴァァン、ゴァァン!
パカッパカッパカッパカッ!
雲一つ無い、青空の下、ひたすら続く草原を、風を切って走る、人を乗せた二頭の馬。少年と、その師匠たる男の一行である。
少年を背に乗せた主たる【鉄馬】は、その大きさを、荷馬車を引いていた馬と同じくらいの、並の大きさになっていた。
男を背に乗せている馬は、荷車を引いていた馬だ。荷車は、男の魔法たる、渦の底。
「はっはっはっ! この心地よくも荒々しい揺れと疾走感! 久々の騎乗ですが、やはり良い!」
「楽しそうなもんで。ケツ痛いとか後で言うなよ……」
「大丈夫ですよ。 未だ丸一日も乗ってないんですよ? それに、野生の【鉄馬】の背に無理やり乗り回す訓練と比べたら、極楽ですよ。だってこいつ、私が触れてる部分を、粘土みたいに柔らかくしてくれてるようですので。ほら」
と、少年は尻で自身の身体を跳ねあがらせ、自身の尻の接していた部分に、尻型ができているのを見せる。
主たる【鉄馬】は、少年のそれに対して、言われるまでもなく速度を緩め、少年は綺麗に同じ場所に股から降り立ち跨った。
「おいおい。調教師たちが見たら泣くぜっ」
「あの人たちには到底及びませんよ。師匠も、あの人たちの本気の仕事見たら、腰抜かしますよきっと。私が目にした中でも、特に衝撃的だったのは、【死神馬】の寝取りです」
「おいおいおい。自殺志願者でもあるまいし。でも、うん、金払っても見ていたいわ、そんなの。因みに、お前もし、やれって言われたらできる?」
「ははっ。勘弁してくださいよ」
と、盛り上がっていた二人だったのだが、
ゥオゥンンン、カァアアンンン!
パカッ、パッ、ガァァァァァァ!
そこはいつの間にか、別の場所。草原でもない。屋外でもない。昼かどうかも分からない。夜? だが、光も無いのに、互いの姿や乗っている馬は見えている。
「何処です?」
「【始まりの園】」
「冗談、でしょう?」
「ホントだぞ?」
「だって、何も無いじゃないですか。音もない。風もない。光もない。暖かくも寒くもない。闇が、広がっているのに、ちゃんと見えてる」
「俺らを乗せてるこいつらが落ち着いてる。それがもう答えだろう?」
「ま、確かに。こいつも大概ですが、師匠の乗っているそいつも大概ですし。荷車引いてあれだけ毎日走り続けて、潰れる気配どころか蹄の損耗も、足並みの鈍りも殆どない馬。そいつも学園所属ってことですね?」
「大正解。おぉい、もうお遊びはこの辺でいいだろう?」
と、男が虚空に向かって呼びかけると、光景が変わった。
黒を基調に、白を部分的に散発的に含んだ、闇色の煉瓦。それを積み重ねた壁が目の前に現れたかと思うと、すぅぅっとそれは二人の前から離れてゆく。その動きに連動するかのように、同じ煉瓦で左、右、上、下、後ろ、に壁が。
できあがったのは、馬に乗った二人がそのまま疾走するには狭い、廊。
そして、すっ、と乗っていた馬が消え、不意のそれに対しても特にびっくりすることもなく、スタッ、と着地する二人。
「もう少し楽しみゃいいのに……」
「そう言われましても……」
と、二人は前へと歩き出す。
終わりが見えない廊を進みながら、くっちゃべっていた。
「どうやったら楽しめたんでしょうか」
「身構えたり、予想したりするのをやめたらいいんじゃね?」
「そんなの危険じゃないですか!」
「そうか?」
「これまでがこれまでじゃあないですか。野生の【鉄馬】なんて、はぐれ一頭と遭遇しただけで、大の大人でも死を覚悟するもんじゃあないですか!」
「でもお前さ、一般人じゃあないだろ? 余裕だったじゃないか。俺でもあんな楽々仕留めるなんて無理だ」
「じゃあ、私が、あいつら出てきたとき、身構えたり、予想したり、警戒なんて微塵もしないでいたら?」
「痛い目に遭ってたんじゃね?」
「ほらぁ! そうでしょう?」
ある意味気を抜いている、といえる。身構えたり、予想したり、警戒したりなんて微塵もしてないような。
「愉シソウデハナイカ。吾輩を置イテ」
割って入った、その声に、少年はびくん、となった。
(っ……! 騎士……、だと……?)
それは、老人のような皺枯れた声。だた、想定さえしていなかったのは、鎧の中で反響して、籠ったような、声であったということだった。




