デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅶ
ミッションが――始まる。
そもそも、あの距離でどうして馬脚が見えたのか。
その答えは単純だった。
足元。水たまりのように現れた。水面。三人とも、その前で、眺めていた。水面に浮かび上がる光景。
少年は思う。自分たちを引っ張ってきていたのとは違って、むっきむき。しかも、二頭。白馬であり、翼持つ天馬であるのには違いないのだが、翼そのものからしてむっきむき。異様な程筋肉質で、若干その手の奇形に見える程。
そんな、馬力そのものが異次元であることが明らかなその二頭は、粘り気のある唾を垂れ流しながら、血走った眼をして、激しく息を吐いて、すぅっと、透明になるように消えていった。
馬だけじゃなく、馬車のサイズも――おかしい……。
自分たちが乗っていたのは既に消滅していたので正確な尺度での比較はできないが、見えている通りなのだとしたら、一辺の長さが倍ではきかない……。
巨人――ではない。
トロールだ。しかも、トロールにしてはやけに美形な。どちらも眼鏡をつけていて、妙に知的で。たなびくローブは色褪せの無い黄土色。光沢は無いが、たなびくさまから分かる程にしなやかで、見るからに高級で丁寧な仕立てであることが分かる。
雌雄どちらも、髪は無い。緑色の肌は皺少なく、若々しい。鼻は高く、耳は若干尖り、純粋種のトロールではなさそうである。そもそも美形な顔つきそのものが、トロールのそれではなく、人間の中の上澄みのそれである。くっきりと堀りの深い、彫刻のような顔つきをしている。雌の方は若干朗らかな顔つきで、雄の方は自身家っぽいというか気高さのようなものが。
どちらも背丈は同じくらい。人間の標準的な魔法使いっぽい恰好、但し仕立ては上質。
普通の魔法使い相手、と思ってあたるくらいがちょうどよいだろう。
「最初の看板、おとさないと! えっと……!」
「私がやろう」
と、幼な子がういしょ、といつの間にか抱え上げるように持ち上げていたそれを、掴み、幼な子ごと持ち上げる。
「おっと」
それに気づいて、ちゃんと幼な子の足を地面につけさせて、任せろ、と顔で表現した。
「持って動くから、落とす位置だけ指定してくれたらいい」
幼な子が抱えていた際、自分たちの足元を越えて部屋の床面全体に広がった水面へ向けていた目線から、少年は察知していた。
「おにいさん、そこ!」
「承知した!」
放り投げるでもなく、端を鷲掴み、載せるように置いた。
件の看板である。何て書いてあるかは分からない。相手に応じて読める文字を、ということなのだろう。
自分たちのときとは違って、看板は、コトン、と床に置かれるように、横たわった。彼らの進行方向に。余裕をもって。
向こう側の彼らの声は聞こえてこない。
彼らはそれを拾うでもなく、数歩の距離をあけて、見下ろすように確認している。
警戒するのは自分たちだけではなかったのだと、少年は何だか少し安心した。自分たちが、アトラクションを悉く、想定されていない方向性で踏破、踏破? ともなく、まともに誘導に乗れていないことに、迷惑になっていないかとか、後ろめたさがあったが、それが割と和らいだ。
「一応確認だが、私たちのときと同じように、次は穴開き天蓋の部屋か?」
「別の……とこです……」
そう弱々しく言われる。
「さっとでいい。彼らが着く前に見せて貰えるか……?」
「ライト。それじゃ間に合わない。次もわたしたちの知らないとこだったらどうするの?」
「できる限りのことはやるべきだろう」
「わたしに考えがあるわ。ねぇ、アッカちゃん。思い浮かべるだけでいいの。わたしがそれを読み取って、説明付けてこのおにいちゃんに送るから」
そこからは早かった。
光景から凡そを汲み取って、自分のことをよくわかっている彼女が、痒いところに手が届く形でさっと補足してくれたのだから。
おまけに、想定していたような、水面に映る場所切り替えて見せられるような方式とは違って、見える光景に死角が無い上、彼女に注がれた映像記憶という形で見せてくれることもあって、巻き戻しも早送りも思いのまま。こちらでどこかにフォーカスすることはできないが、その辺りは彼女がいい感じに網羅できるように見せてくれている。
つまり、ほぼ万全。
一部ギミックの類に漏れがあるかもしれないが、逆に言うとその程度。幼な子自身の記憶ベースだけあって、各部屋の上手くいった場合のパターンを見れている、というのも大きい。
後は、この幼な子が経験していないレアパターンが存在して、それを踏み抜くかどうか、といったところまで難易度も偶発性も落ちている。
ここまで来たらもう、どんとこい、という奴である。




