デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅴ
「しっかり、握っておくんだ。しっかり。いつでもしがみつけるように」
そう、自身の手を握る彼女へ言いながら、空いている片手で、彼女の浮かべた虚空の中に集めておいた、地面に落ちていた砂をすぅぅ、と蒔き、足場の存在を確認しながら進んでゆく。
砂自体が若干白く露光しているのは、この用途を仄めかしてもいた、という訳だ。
(もしかしなくとも、試案者と実行者が別なのかもしれない。そうでも無ければ、このぎこちなさは説明がつかない)
彼女は何ともご機嫌そうで。預けた手をぎゅうぅ、と握っている。握って、握って、触って、触れて。こちらの掌を遊ぶようになぞっている。
そんなうっとりするようなものか? 君の手と比べると、私の手なんて、ごわごわしていて、ごつごつしていて、でこぼこしていて、硬くて、そう触っていて気持ちよいものでは無いと思うが。
砂が、止まるだろう高さで止まらず、落ちる。
また行き止まり、か? と思いつつ、左右に振ってみると、左内側に、少し高くなって砂が留まった。
またカーブ、か。頻度も増えてきた。そろそろ、この曲がりくねった上り道も終わ…―
さぁぁあああ、ぶらん、ぶらん、ぶらん――
彼女が、自分の手を握ったまま、ぶらんぶらんと、その身をぶらつかせている。ふわん、と、浮かび上がらせ、胸に抱いた。
「すまん。少し反応が遅れた」
「大丈夫よ。ほら。手首だって手指だって、全然腫れてないでしょ? ライトが前もって言ってくれてたから、軽くしておいたの。自身を」
胸に抱えられながら、快適そうに満足そうに彼女は言う。
「どこまでがセーフでどこまでがアウトなのかまるで私には分からないが……」
自分は彼女みたいには楽しめないな、と残念に感じつつも、彼女だけでも楽しめているならまだましか、と妥協しつつも、そんな気持ちをお首にも出さないように会話を続ける。
「仕掛けをスルーしてしまえるような、台無しにしちゃうようなのが多分ダメで、不意に出ちゃったのとか、身を守るためのはセーフってところでしょうね。わたしが仕掛け動かしてるコの気配読んじゃったのだって、気配読み取った上で更に何かしようとしてないんだからまあいいよ、ってことなんでしょ。ライトがした標識も、楽しむための工夫だから何の問題も無いってことでしょうね。だからさ。そんな気にしなくてもいいんじゃない? きっと、その方がうまくいくわよ? 別にアウト食らったからって、追い出されるなんてことは無いでしょうし。このアトラクションは鏡の迷宮よりはずっと柔軟で融通効くタイプだって見たわ」
「そうか。一応前もって止めれそうなら、不味い場合は止めてくれ。それと、砂蒔くの交代して欲しい」
「はいはい」
ふんふんふん、と鼻歌交じりに彼女は砂を蒔き始めた。自分がやっていたときよりも豪快かつ雑に。何てことは無い。零れた分を虚空に呑ませて再回収までしている。
だいぶ上まで登ってきて、足場は飛び石のようになってきたが、特に難なく昇っていけた。そして、景色が変わって――そこは、柵のある、長い廊下のような、城の屋上部分の一部だった。
何やら人影らしき物が一つ。
こちらが意識を向けると、萎縮するように、縮こまった。
「ライト、多分この子、仕掛け裏で動かしてた子よ」
すとん、と、腕の上からすり抜けるように、地面に降り立った彼女が、そう少年に、気を張るのを止めるように言外に言って、ねっ、と、中腰の少年の頬へ、地面から少し浮かんで背伸びして手を伸ばすように、触れた彼女の掌の撫でるような感触に、肌感覚鋭く機敏になっていた少年を、なだらかに脱力させた。
「怖がらないで。わたし、青藍っていうの。あなたは?」
と、彼女は中腰になって、その影の頭を撫でている。
少年は元の場所から動いていない。自分がただ立っているだけで威圧的だということは常々自覚しているつもりだったが、学園での生活がその意識を緩めていたらしい。
取り敢えず、真っすぐ腕を組んで、遠くから仁王立ちして凝視するなんてことはせず、柵の上に座って、膝の上に頬杖をついて、頭をその上に載せる。
何とも無防備で、倒れないようにバランスを取りながら、時折横目で彼女のいる向こうを見る、といった風。
少年は思う。
彼女のそれも下手糞の域。積極性には溢れているが、何というか、人に話しかけること自体に慣れていない感がどうしても色濃く出てしまっている。言葉選びも微妙だ。相手の年頃に合ったものですらない。だからといって、自分の場合、気配というか雰囲気だけでアウト。任せる他ない。
そして、自分も恐らくうまくできないだろう。偉そうに色々ごちゃごちゃ考えようが、経験が無いのだから。子供の相手なんて。そういう自分も子供ではあるが、そんな自分よりも幼げな、言葉がギリギリ通じるか通じないかの境界に立っていそうな年頃の幼な子の相手何か。
悪意無く、けれども感情的で、理屈を介さない。
恐らく、自分にとって、最もやりにくい属性の相手といえるだろう。
「っ! !?」
膝の下から。二つの顔が浮かび上がった。生首みたいに。
一つは彼女。もう一つは、彼女が頭を撫でていた幼子。狐のような幼子だ。別に獣耳なんて生えてはいないが。黄金色に混じった黒。ふんわりとした、長く、後ろに流れる髪。碌に開いていない、狐のような糸目。赤い鼻先。そばかす交じりの頬。小麦色の肌。
ローブとは違う。白の無垢の、端がぴらぴらした簾のようになっている絨毯のような布を幾重にも巻いたような。
特徴的なのは、何より、手足。透けている。薄くなっている。物理的に。それはまるで、幽霊の類のような。しかし、馬車の窓からの城の見え方の変化と同じ類にも思える。
絞り、きれない。
「全然動じないわね。……。ライト! 聞いてる! ライト!」
と、呆れた様子から焦り始める彼女。
「あぁ。ちょっとな」
「何がちょっとよ?」
「はは……すまなかった」
と、少年がしっかり立つと、目の前には、小さな彼女と、更に小さな子狐っぽい涙目の幼な子。
「……」
少年は縮こまるように座り込んだ。




